【随想録】思い込みに要注意
問題なのは、自分は分かっていると思い込んでいることであり、マーク・トウェインの「無知の勇気」(やっかいなのは、何も知らないことではなく、実際は知らないのに、知っていると思い込んでいること)なんですよね(^^;
知らないことは、なんか恥ずかしい気持ちを与えることがあります。
時には、怖い気持ちも。
だから、知りたくなる。
知りたくなって探求するのは、まだマシな方です。
ダメなのは、知る必要がない、知る価値すらないと決めつけることです。
今、自分が知っていることがすべてだ、と自分を納得させる方法です。
攻めるべきなのに、守りに入っちゃうことってありますよね(^^;
このことは、聖書の言葉とも重なってきます。
「もし人が、自分は何か知っていると思うなら、その人は、知らなければならないほどの事すら、まだ知っていない。」
例えば、テレビの前とかにただ座っていて、何もせずとも入ってきた情報だけをありがたがる。
もしくは、信じるって知ったことにならないかも、と思うことがあります。
情報を知りはしたけど、真実を知ったとは限らない、そんなことも言える時代に思えます。
どの情報の何が真実かを真剣に探し求めたわけでない時、偶然知ったに近いようなことを、「知っている」と思い込むのは、あまりにも危険ですよね。
確実に言えることは、ある意見を信じるか信じないかということは、可能な限り根拠と妥当性で決めるべき事であり、その際に、話者の実績や立ち位置も、その妥当性を判断する上では参考になるということに注意しておきたいですね。
【参考記事】
思い込みは、無能の始まり。
https://blog.tinect.jp/?p=25165
人間は脳の仕組み上、本質的に思い込みの虜であり、そう簡単に思い込みから逃れることはできない。
