【LAWドキュメント72時間】「西行」白洲正子
「西行」(新潮文庫)白洲正子(著)

「ねがはくは花のしたにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」
西行の3つの顔。
貴族の
「あはれ」
と、武士の
「あっぱれ」
の間にいた人物。
そうであるから、尚更、日本文化史上、極めて重要なのだと思う。
室町時代の能の大成者、世阿弥は、
「西行桜」
を描いていた。
「西行の真価は、信じがたいほどの精神力をもって、数寄を貫いたところにあり、時には虹のようにはかなく、風のように無常迅速な、人の世のさだめを歌ったことにあると私は思う。」(白洲正子「西行」P294より)
本書は、和歌しか遺さなかった西行の旅路を追いながら、その人生を追う。
そして、23歳という若さでの出家理由に、新たな説を唱えた逸品でもある。
待賢門院璋子(藤原璋子)への届かぬ想いゆえの出家。
桜を愛し、200首以上もの桜の和歌を遺した西行。
生死の境界線に桜。
「ねがはくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」
ちょっと気になって、桜の語源を確認してみると・・・
「桜が創った「日本」 ソメイヨシノ 起源への旅」(岩波新書)佐藤俊樹(著)

「さ」とは、穀物の精霊。
「くら」は、神が座る場所。
雪が消えて冬が終わり、穀物の精霊が、最初に舞い降りてくる場所。
「花鳥風月の科学」(中公文庫)松岡正剛(著)

「さくら」は、「咲く」から出た言葉。
「咲く」は、サキという言葉が語源。
エネルギーがいっぱいになり、これ以上は、先に進めない状態がサキ。
エネルギーが充満し、それが破れて先に出る。
それが、「咲く」ということ。
桜と月があわさった歌がなんだか素敵な西行の桜の和歌。
「風さそふ 桜の行方は 知らねども 惜しむ心は 身にとまりけり」
「月見れば 風に桜の 枝なべて 花かと告ぐる 心地こそすれ」
「雲にまがふ 花の下にて 眺むれば 朧に月は 見ゆるなりけり」
「春風の 花を散らすと 見る夢は 覚めても胸の 騒ぐなりけり」
「散る花を 惜しむ心や とどまりて また来ん春の たねになるべき」
咲きほこる桜は、やがて散り、満ちた月は欠けるもの。
自らの人生に投影することで、はじめて、花鳥風月が理解できるのかと思う。
もしかすると、桜に待賢門院の姿を映し、想いを込めていたのかもしれない。
「ねがはくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」
この歌の願いどおり、桜咲く3月下旬に、西行は亡くなっている。
その死によって、彼の美学は、完成することになる。
