「現在」形は過去・現在・未来を超越する?
ほとんどの場合、日本語の文末には動詞が来ます。
よって、どうしても単調な文章になってしまうんですよね。
これは日本語の宿命なんです。
とりわけ過去形を多用するとき、「・・・・・・た」「・・・・・・た」「・・・・・・た」が続き、その単調さは異様なほどです。
文章によっては「まるで小学生の文章だ」と揶揄されるときもあったりなんかして。
こういう単調さを防ぐ方法として、過去形のいくつかを現在形に直してしまうというテクニックがあります。
例えば、途中で文章を読みかえして、過去形の多いところをいくつか現在形に直してみる。
これは日本語の特権で、現在形のテンスを過去形の連続の間にいきなりはめることで、文章のリズムが自由に変えられるのですね。
日本語の動詞が文章のいちばん後にくるという特質(倒置法を除く)によって、過去形のテンスが続く場合には、「・・・・・・した」「・・・・・・た」「・・・・・・た」といふ言葉があまりに連続しやすくなります。
そのために適度の現在形の挿入は必要なんですね。
不思議なことに過去形のいくつかを現在形に直しても違和感はありません。
文章を読み直して、単調さを感じるところを現在形に直してみる。
そしてもう一回読み直す。
これを何回か繰り返してみるといいと思いますよ!
また、日本語でも英語でも、現在形・過去形のどちらでも書くことが可能です。
過去形で書くと淡々としていて、現在形で書くと、何となく含みがある感じがする気がしませんか?
過去形で書いた場合のニュアンスは、例えば「批判を受けるぞ」と言われた後に、「表明する」という決定があった、という前後関係です。
淡々と、AのあとにBが起きた、と書きます。
これを、現在形で書いた場合のニュアンスで考えてみると、前後関係だけでなく、「批判が原因で、表明することにしたんだな。こうせざるを得ないように、CはDに追い込まれたのだな」という状況判断・分析を自然にうながすものになります。
現在形で書くことで、臨場感も高まります。
過去形で書くと、もう過ぎ去ったことで、今のことではありません。
しかし現在形で書くと、臨場感が出て、「これは大切なことなんだ」というメッセージを送ることも可能なんですよねぇ。
注意して読むと、新聞の見出しが基本的に現在形で書かれるのはこのためなんですよ!
歴史年表の書き方(例:2005年4月2日 法王亡くなる)のようなので、「歴史的現在」(historical present tense)と呼ばれる用法です。
現在形の機能の一つは現在の動作を表すことです。
「現在」形という名称から、現在のことしか表さないと、つい感じてしまいますが、それ以外にも大きな用法があるんですよねぇ。
現在形は時制の王様で、その名前とは違い、過去・現在・未来を超越したことも表現できます。
つまり、ものごとの状況・性質・不変の真理や事実、繰り返される動作(習慣など)です。
このように、「過去・現在・未来にわたって変わらないこと」は現在形で表します。
例えば「彼は大阪出身だ」は現在形で書かれます。
彼が大阪から来ていること(大阪の出であるという状況)は、過去もそうでしたし、現在もそうですし、未来も変わりません。
このように普遍の状況を示すのは現在形です。
もっとも我々が身近に感じる、パワフルな時制である現在形を使うことで、読者はその部分を注目します。
このために、「この状況がポイントです」というメッセージとなり、自然と文章の背後関係を判断できる、ということになります。

