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【短編小説】「仮面アイドル」

『素顔公開の旅ライブ 初日』

 会場の懸垂幕を見ながら、なんて残酷なことをしているのかと、内心腹が立ってしょうがなかった。

 彼女は仮面をかぶったアイドル。楕円形の仮面をかぶって、ソロで音楽活動を始めて三年間続けている。デビュー曲「かめんごめん」のライブで彼女を見たとたん、わたしは美しさのあまりその場に倒れ込んだ。どうやら、彼女が魅力的であるためには、仮面を被っておかなければならないらしい。そう思うほどに、とてつもなく美しかった。

 彼女はきっと、素顔を偽るために仮面を付けたんじゃない。彼女という本当の存在を表現するために仮面を付けたんだ。そう思って、とても不思議な気持ちになった。つまるところ、彼女の失われた素顔はわたしたちを魅了するために必然的に失われたのであって、むしろ積極的に素顔を捨てたことになる。ドームを満員にして、世界中に歌を届けて、彼女という永遠の美をおおやけにするために──。

 感情的に彼女について語ることは、たいそう失礼かもしれない。これはただ単に、わたしの実感であってわたしの気持ちである。すらっと伸びる敏捷脚と、しなやかな腕。それらを動かすための滑らかで丸い胴体。その体に接続された彼女という仮面。それらはいつだって、飽きさせることない完全な調和をわたしにくれる。

 仮面は常に同じ表情をしている。それがまた、たまらない。存在するはずの表情に無限の可能性を与えてくれる。何度見たって、底の尽きることのない、変幻自在な表情をしてくれる。仮面には素顔以上の素顔が見えると、胸を張って言えるほどに。彼女はきっと、等身大の感情を表現するために素顔を殺したんだ。それは無表情ではなくて、いかなる場合も美しい表情ってこと。

 ということは、彼女が素顔を露出すること、つまり仮面を剥ぎ取ることは許されない行為で、愚鈍で恥ずべき行為にほかならない。もし仮面を取ってしまえば、わたしたちはもう、彼女の素顔に仮面以上の美しさを見出すことができないのだから。

 そしてそれは仮面じゃないといけない。隠す部位が手であっても、足であっても、目だけであってもダメ。絶対にダメ。それは顔面を含んだ頭が、存在自体を証明しているから。つまり彼女でなくとも、例えばわたしであったとしても、わたしがわたしであるためには、頭が必要になる。そしてわたしが彼女を認識するためにも、頭が必要になる。「頭は人間存在そのものである」と、哲学者でもないアイドルヲタクのわたしが言っても、どこか真実かのように聞こえてしまうほど、頭という部位は重要なのだ。

 加えてアイドルだからでもある。外見至上主義のアイドル界では、まず顔。次に顔。最後に顔。顔で始まって顔で終わる業界。これは彼女を前にすると、最大限の皮肉にも聞こえてしまう。ようするに、素顔の欠落によって、逆に、あらゆる表情を手にしている彼女は、アイドル界では嫌われ役であり、最強の地位を獲得しているのだ。

 わたしは少々、昂りすぎたみたい。こんなにしゃべるのはらしくない。でも逆説を謳って自己陶酔しているわけじゃない。ただ彼女の美しさを言葉に表現してみたかったという、爽やかな好奇心からきている。

 公演まであと五時間。さっきリハーサルが終わったところ。生演奏と、巧みな照明と映像によって彩られた大舞台。端の方から眺めていたわたしは終始、感動しっぱなしだった。

 そしていま、わたしの目の前には彼女がいる。控え室の横にある仮眠室の簡易ベッドに寝そべっている。仮面に接着していたガラクタが異臭を放っている。どろどろとした赤い液体が手についたので、ガラクタが身につけていた衣類で拭いて、ガラクタを蹴飛ばした。ガラクタのくせに、彼女であろうとしてはいけない。楕円形の仮面を手に取った。

 今日からわたしが彼女にならなくちゃ。



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