48歳、22年勤めたJAを辞めることにした。①
いや~、なんだかんだで22年も経ってたんかー
辞めると決めてからふと考えると、長かったような、短かったような・・・
・・・いや、長かったな。
そう思うってことは、やはりあーだこーだあったんだろう。
思い起こせば・・・。
2004年
26歳でJAに入ってまず農産係に配属になり、そこで6年。
JAでは、同じ部署に6年もいるのは一般的には長い部類。
(通常は3~5年で別部署に異動になるようだ。)
組合長から
「もうお前さんも6年だし、そろそろ異動だな」
で畜産係へ。
そこから今年2026年の3月までで・・・ん?16年か!?
「おい上層部、どんななってんだ。」
誰かが言ってたな。
「同じ部署に長くいさせられるのは、よっぽど仕事ができるか、できないかのどっちかだ」と。
・・・ま、自分は前者とゆーことにしておこう。そうしよう。
ただ、畜産という部署は、やりがいはあった。楽しかった。
ワーワーギャーギャー言いながらセリで牛を売ったり買ったりが主な業務だったが、これが性に合ったんだと思う。
売り手と買い手の駆け引き。たまらんぜ
共進会や品評会も楽しかった。
生産者さんが丁寧に育てた牛たちのコンテスト。
前日から会場に前入りして、暑い中、牛の手入れの手伝い。
よそのJA担当者や生産者さんとくっちゃべりながら、ビールを片手に牛と共に一晩を過ごす。
翌日の審査本番では、牛の立ち方や歩き方も見られる。
日々の調教の成果をお披露目する場である。
出品牛が上位に進んでいくたびに、
「お、もしかして?もしかして?」と期待と緊張で胸が熱くなる。
ずーっと和牛担当だったってこともあり、和牛の奥深さを知れば知るほど楽しくなってっいった。
和牛の何がそんなにいいのかを今ここでお伝えしたいんですが、話すとかなり長くなりそうなので、それはまた別の機会に。
(よければまた閲覧に来てやってください。)
おかげで家族で焼肉しても、和牛肉に関するウンチクが多くなった。
これがまた、ウチの母ちゃんがまた黙って笑って聞いてくれるのさ。
子どもらは「ふーん」ってゆってるけどね。
じゃあなぜ、JAを辞める決断に至ったのか。
それは
やはり一番の理由は、
「やりたいことがあったから」
だと思う。
ここ何年か、一人でずっと悶々と、漠然と考えてた。
家族のことも考えると、当然簡単には決断できない。
が、4月にあった他部署への異動をキッカケに、その考えが急激に膨れ上がり、頭の中から離れなくなった。
「そのときが来たんだ」
と思ったね。
(つづく)
