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『次世代AI・オンチェーン金融構想PT』提言を読む

2026年5月19日、自民党デジタル社会推進本部「次世代AI・オンチェーン金融構想プロジェクトチーム」(座長:木原誠二、座長代理:平将明、事務局長:村井英樹)が提言をまとめた。本文13ページ、AIとブロックチェーンを統合した金融像をどう作るかを、政治の側から描いた文書だ。

座長代理の平将明議員は、PT発足の動機を「個々のパーツは揃いつつあるが、それらをどう接続し、どのような金融システムとして成立させるのかという全体像が共有されていない」と語っていた。今回の提言は、その全体像を「ピクチャー」として一度書き切ろうとした試みになる。

このnoteでは、この1ヶ月で立て続けに書いてきた、トークン化国債WGの記事、AIホワイトペーパー2.0の記事の延長線上で、本日公表されたPT提言の中身をFintechの中の人として読み解いていく。13ページの構造を順にほどく。


1. PTの体制とこれまで

このPTは、自民党デジタル社会推進本部の傘下に置かれた検討組織だ。座長は木原誠二(元内閣官房副長官、元財務省)、座長代理は平将明(元デジタル大臣、AI・Web3小委員会委員長、PT発起人)、事務局長は村井英樹(元財務省)。初代デジタル大臣の平井卓也も参加している。

「自民党デジタル社会推進本部」の下では、すでに3つの組織が並走している。

  • AI・Web3小委員会 — 社会実装の大枠を検討する母体

  • 次世代AI・オンチェーン金融構想PT — 金融システムの未来像を描く(本提言の主体)

  • 決済・イノベーション推進PT — 法改正を通じた実装を進める(座長:村井英樹)

この3階層は、「ビジョンを描く側」と「実装を回す側」を分担させた構造になっている。同じ事務局長(村井英樹)が本PTと決済・イノベPTの両方に絡んでいて、ビジョンと実装が地続きに動く設計だ。

時系列で並べると、次のとおり。

  • 2026年3月24日:第1回会合。3メガバンク(みずほ・三菱UFJ・三井住友)からステーブルコイン実証実験のヒアリング、ディーカレットDCPからトークン化預金のヒアリング

  • 2026年5月12日:提言案を会合で提示

  • 2026年5月14日:木原座長がblogで「ピクチャーを描いた」と発信、党プロセスへ

  • 2026年5月19日:自民党政調審議会で了承、提言として公表(本日)

第1回会合のヒアリング対象に注目したい。3メガのステーブルコイン実証とディーカレットDCPのトークン化預金、この2つは後段の具体施策のど真ん中に出てくる。すでに動いている民間の取り組みを起点に、提言を構成した順序が見える。


2. 提言が描く「来るべき未来像」

13ページの提言は、いきなり政策論には入らない。第1章は「はじめに 〜自動化・連結化・24/365化が進む新たな未来へ」というタイトルで、4つの未来シナリオから入る。提言原文の語り口に沿って、4つを並べてみる。

家庭の冷蔵庫:家族の食バランス、病歴、当日の体調データを踏まえ、AIが足りない栄養素を補える素材を自動で注文し、自動で支払い、デリバリーまで連動する。

昼のコンビニ:AIエージェントが体調と業務負荷に応じてランチを推奨し、生体認証によるバックグラウンド決済でレジに並ばずに買い物が終わる。店舗側は在庫管理や発注、レジ業務から解放され、人にしかできない仕事に集中できる。

夜の大谷選手限定ユニフォーム購入:現地で売っている限定ユニフォームの購入をAIに依頼し、価格・運送日数を勘案して米国の公認小売店から直接購入する。輸送・税関手続きも、支払いも自動。小売側も商品の引き渡しと同時に代金が確実に支払われる仕組みになり、輸入代金の未回収リスクを抑えた効率的な国際取引が成立する。

製造業の現場:部品供給業者が部品を納品した瞬間、検収データと連動してAIが品質・数量・契約条件を即時に検証し、円建てステーブルコインによりオンチェーンで自動決済される。これまで「納品から実際の入金まで30〜120日待つ」のが当たり前だった支払サイト(取引から入金までの猶予期間)が、自動決済によって不要になり、中小の下請企業は納品と同時に手元資金を得られる。

さらに、まだ入金されていない売掛債権(商品の引き渡しは済んだが、まだ受け取っていない代金の請求権)もオンチェーン上にトークンとして存在するため、それを担保にして即座に資金化できる。これまでは銀行や専門のファクタリング業者を通さないと現金化できなかった売掛債権が、世界中の投資家から直接、低コストで運転資金を調達できる流動的な資産になる。

融資の与信判断(誰にいくらまで貸せるかの審査)も変わる。これまでは決算書という「年に1度しか更新されない静止画」を見て判断していたが、オンチェーン取引履歴・キャッシュフロー・納品実績をAIがリアルタイムで分析することで、与信枠が動的に更新され、融資はオンチェーン金融で瞬時に実行される。

4つの中で一番重く読んだのは最後の製造業シナリオだ。SCF(サプライチェーン・ファイナンス、取引上の売掛債権や在庫を担保にした資金供給)と、オンチェーンの組み合わせ。ここは、決算書ベースのスコアリングを軸にしてきた中小企業向け融資の景色が、根っこから組み変わる射程の話で、銀行・ノンバンク・ファクタリング各社の競争軸が動く領域でもある。

4つのシナリオを抽象化して、提言はキーワードを4つ置く。「連結化」「自動化」「24時間365日化」、そして「AIエージェント化」。選ぶ、買う、支払う、届ける、契約する、融資を受ける、といった経済行為が一つに繋がっていく、というのが提言の世界観だ。

第1章の締めは、「AIに選ばれる日本」というフレーズだ。AIにとって中核となるのは「正しいデータ」であり、その担保にブロックチェーンの耐改ざん性が効く、という整理になっている。AIネイティブな経済活動の前提として、ブロックチェーンの拡大を「環境整備」の一環として位置付けている。


3. なぜ金融を起点に置くのか

未来像を提示した上で、提言は第2章で「ではどこから手をつけるか」に話を進める。答えは「金融を起点に」。なぜ金融か、の論拠が3つ並んでいる。

第一に、人や企業、AIエージェントによるあらゆる取引のバックグラウンドに決済と資金調達がある。コマースが動くたびに金融が裏で動いている以上、コマース全体の自動化・連結化を促すには、金融側の更新が先に来る必要がある、というロジック。

第二に、コマース側からすると決済インフラは所与のものに見える。決済インフラがあるという前提でビジネスやプログラムを構築するので、コマース側だけが頑張っても、AI×オンチェーン時代に必要な拡張性は生まれない。決済インフラの拡張性は、金融側が能動的に作るしかない。

第三に、日本経済の成長には十分な成長資金供給が不可欠で、その供給ルートをプログラマビリティ(プログラムで動作を組める性質)で組み直すと、効果が連鎖する。トークン化された売掛債権や不動産を担保に融資を実行できれば、ABL(Asset Based Lending、動産・売掛債権担保融資)やSCFのような顧客企業の経済活動に即したファイナンスニーズへの対応余地が広がる。さらにその融資をトークン化預金やステーブルコインで行うことで、動産の検証から担保化、資金供給までがオンチェーンで一気通貫に繋がる。

この第三の論点は、効きの大きい論拠だと読んだ。商流データと与信、担保管理、決済までを別々のシステムが分担して支えてきた構造が、プログラマビリティで結ばれる絵柄。ここは銀行業務の景色そのものを変える話で、提言が金融を起点に置く理由として、たしかに筋がいい。

加えて提言は、「顧客企業のオンチェーン化なしでも、金融機関側に証跡が残ることでスマートコントラクトの便益を一定程度活用できる」と書いている。顧客側に過剰なオンチェーン適応を求めない設計を含意していて、現実的な普及シナリオを意識した文面になっている。

海外動向と二重投資課題

世界では、すでにこの未来像に向けた動きが先行している。USDT・USDCを中心としたステーブルコインの発行残高は45兆円規模に達し、JPモルガンを筆頭とする米系銀行のトークン化預金の取り組みも先行している。

ここで日本がオンチェーン金融インフラを構築できずに乗り遅れると、外国の決済システムに依存するリスク、さらには日本円が日常の決済から外国通貨やドル建てステーブルコインに置き換わっていく通貨代替リスクに晒される — というのが提言の問題意識だ。

ただし、日本には既存システムという資産がある。全銀ネットは毎日850万件を捌く処理量を誇り、信頼性も世界的に高い。この既存システムを維持しつつ、新たなプログラマビリティを備えた金融インフラへの投資も並行する。結果として、「既存システムと新インフラの両方に膨大な二重投資が必要になり、その投資判断は容易ではない」と提言は書く。

この「二重投資課題」は、金融機関の現場の景色を正面から拾った表現になっている。新基盤に投資する民間判断のハードルを、政治の側が国家ビジョンの提示と官民連携の促進で下げに行く、という建て付けが、本提言の戦略軸になる。


4. 検討にあたっての6原則

第3章では、「ピクチャー」を実装に落とす際の判断軸として6つの原則が示されている。すべて並べると以下の通り。

  1. サプライサイド(技術革新)とデマンドサイド(実経済)一体検討

  2. 産業競争力強化と資産運用立国推進の一体検討

  3. 金融システム安定性と金融仲介機能の維持

  4. アジアでの主導権確保

  5. 一点集中でなく正面突破全面展開での検討

  6. 国際的整合性を踏まえた検討

6つの中で重く読んだのは②、④、⑥の3つだ。これらを厚めに、残り3つも順に触れる。

② 産業競争力 × 資産運用立国の一体化

カレンシー(決済通貨)側のオンチェーン化と、アセット(資産)側のオンチェーン化を、別軸として並列で走らせるのではなく、結合させて設計するという原則だ。

提言は具体的に、「現実世界に存在する各種資産(RWA: Real World Assets)のオンチェーン化を通じた資産運用立国推進」と「トークン化されたRWAを担保としたオンチェーン融資」をセットで挙げている。アセットとカレンシーを連結することで、運用と資金調達と決済が同じレイヤー上で繋がっていく。

ここは最も期待値の高い領域に見える。これまで運用商品(株式・債券・不動産)と決済通貨(円・ドル)と融資(与信・担保管理)は、それぞれ別のシステム・別のルールで動いてきた。RWAのトークン化が進むと、「同じ資産を、運用商品としても、担保としても、決済の裏付けとしても扱える」状態が技術的に可能になる。

④ アジアでの主導権確保

新たなオンチェーン金融・決済基盤の整備を、国内に閉じずに、国際市場、特にアジア諸国でも活用してもらうことを視野に開発を進める、という原則だ。

提言は、AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体、日本主導で2023年に発足したアジア脱炭素枠組み)と同じトーンで、アジアとの連結性、協力関係強化に繋げる、と書く。後段の具体施策の「アジア政策対話枠組み」がこの原則を直接受ける形になる。

「主導権」という言葉が原則レベルで明示されている点は、意外性のあるトーンだった。金融政策文書で「アジア」が出てくることは多いが、たいていは「協調」「連携」止まりで、「主導」まで踏み込むのは珍しい。後段の具体施策と合わせて読むと、「主導」を建前ではなく実体として書いている、という温度感がある。

⑥ 国際的整合性を踏まえた検討

トークン化預金にせよステーブルコインにせよ、日本独自の基準で進めることでガラパゴス化することがないよう、他国の決済システムやグローバルな共通基盤との相互運用性を確保すべく、常に国際金融コミュニティでの議論や実証の動向を踏まえて取り組む、という原則だ。

これは過去の金融デジタル化の波で、日本の独自仕様が国際標準と噛み合わずに不便を抱えてきた経験を踏まえた一文に読める。FeliCa・QRコード決済・eKYC、これまで複数のレイヤーで「日本仕様」と「国際標準」のミスマッチが業界の摩擦を生んできた。同じパターンを、ステーブルコインやトークン化預金で繰り返さない、という宣言になる。

残り3原則

残り①③⑤は、運用上の心構えとして簡潔に触れておく。

  • 技術革新(テクノロジー・ドリブン)と、貿易・証券分野のユースケース進展(ユースケース・ドリブン)を両輪で検討する

  • 金融システム安定性、金融仲介機能の維持、AML/CFTの清廉性を新インフラの下でも前提とする。預金の信用創造機能とステーブルコインの流動性危機への対処を明記

  • 特定の決済手段に断定的に委ねず、トークン化預金・ステーブルコイン・既存資金移動・電子マネー等を用途別(国内/クロスボーダー、個人/法人、資産運用/実体経済)に推進する


5. 現時点での概念図

第4章では、ここまでの議論を一枚の図にまとめた「現時点での概念図」が示されている。構造としては次のように整理される。

産業 × 資産運用 — 提言が示す概念図の再構成

産業(カレンシー)サイドと、資産運用(アセット)サイドの2軸でオンチェーン化を進める、というのが基本構図だ。

産業(カレンシー)サイドでは、プログラマビリティと即時決済をベースに、財務経理DXや資金使途把握、資金効率化が推進される。具体的な規模感として、提言は次の数字を挙げている。

  • 国内のBtoB取引:1,200兆円

  • 輸出入取引:220兆円

  • 東証年間売買高:1,600兆円

これらの大規模な決済フローのうち、どこをトークン化預金が、どこをステーブルコインが担うか、という役割分担が描かれる。

トークン化預金の担い手領域:法人決済としての1,200兆円規模のBtoB取引、220兆円規模の輸出入取引。大口決済の「Elasticity」(大口決済が止まらないこと)が重要であり、日本の強みである間接金融による信用創造を通じた成長資金供給が引き続き求められる、という文脈で、トークン化預金が大きな役割を担うと位置付けている。

ステーブルコインの担い手領域:個人・法人の小規模・中規模決済を支えるインフラ、加えて1,600兆円規模の東証での証券決済のT+0(取引当日決済)を支える決済主体としての機能。

両者を排他的に分けず、利用シーンごとに適切な決済手段を組み合わせる構図で、原則⑤の「一点集中せず全面展開」と整合する。

アセット側では、証券会社やアセット・マネージャーが各種債権のトークン化とT+0決済化を進め、運用ハードルを下げることで「資産運用立国」を強化していく方向だ。

さらに、提言は将来像として「マルチアセットウォレット」を示唆している。各種資産のオンチェーン化と決済の自動化・24時間365日化が進むと、銀行・証券・保険の区別が国民の側から見て低減する。一つのウォレットで複数の商品を並列に扱う時代を想定して、ウォレット事業者への一体的な規制や規律も検討課題として置かれている。

ここは制度設計として相当に踏み込んだ問題提起になる。銀行・証券・保険には別々の業法と監督があるが、マルチアセットウォレットが顧客接点を統合すると、業法の区切りが顧客側の体験で意味を失う。提言段階としては「視野に入れる必要がある」という慎重な書きぶりだ。


6. 具体的な施策 — 13ページの本丸

第5章は提言の本丸で、具体的な施策が6つに整理されている。

  1. 18番目の成長投資分野としての確立

  2. 公的主体によるユースケース作り

  3. トークン化預金及びステーブルコイン拡大に向けた検討及び施策

  4. 決済高度化プロジェクト(PIP)を通じたユースケースの拡大

  5. 「AI・オンチェーン金融アジア政策対話枠組み(仮称)」の創設

  6. その他(金融AIルールメイキング、量子耐性)

6つを順番に見ていく。マーカーを引いた(3)、(5)、(6)①は厚めに、その他はコンパクトに扱う。

(1) 18番目の成長投資分野としての確立

提言は、金融分野を「18番目の成長投資分野」として位置付けることを求めている。これまでの「成長投資分野」(半導体、AI、宇宙、量子、バイオ、海洋、サイバーなど政府が成長戦略で指定してきた重点分野)に金融を加える、という建て付けだ。

具体的には、金融庁を中心に5年間のロードマップを作成し、金融業界への支援を含めた官民連携での投資促進・普及促進を進めるべき、としている。投資促進のインセンティブ設計として、例示で挙がっているのが「マネロン対策を各金融機関ではなくオンチェーン上に機能集約することによる負担軽減」だ。

マネロン対策(AML/CFT)の業務負担は、金融機関の重い固定費の一つで、これをオンチェーンで共通基盤化できれば、各行のコスト構造が変わる射程の話になる。提言段階で「機能集約」が明示されている点は、施策の方向性として踏み込んでいる。

(2) 公的主体によるユースケース作り

「18番目の成長投資分野」化の意味として、公的主体(政府・自治体・財投機関・公的年金)がアンカーテナントとしてブロックチェーン活用のユースケースを積み上げることを提言は求めている。

具体的に挙がっているのは、

  • 給付システムのオンチェーン化 — デジタル庁が年度内目途に検討。子育てや食料品といった特定用途のみで費消可能なトークンを給付する形、海外でパイロット実証が既に進んでいる例も参照しつつ

  • オンチェーン資本市場の育成 — 国債のトークン化対応、JBIC(国際協力銀行)等の財投機関によるトークン債発行、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)への一定のトークン債投資枠の設定。内閣官房が財務省・厚労省・金融庁と連携して年度内に検討

GPIFのトークン債投資枠は、約260兆円規模の運用資産の一部をトークン化債券に振り向ける可能性を示唆している。実現すれば、世界最大級の機関投資家がオンチェーン市場のアンカーになる構図で、市場形成へのインパクトは大きい。規模感はまだ具体化されていないが、検討開始のシグナルとしての重みがある。

(3) トークン化預金とステーブルコインの拡大 — 業界目線で最も具体的な施策群

ここが13ページの中で最もマーカーを引いた領域だ。具体的な検討項目が、4つ並んでいる。

(i) 日銀当座預金のトークン化対応(ホールセールCBDC)

トークン化預金を発行する銀行をまたぐ移転のファイナリティ(決済の最終性)を確保するには、銀行間決済の基盤である日銀当座預金のトークン化が必須、というのが提言の論立てだ。日銀内部ですでに検討は始まっているが「緒に就いたばかり」と評価されていて、年内に論点整理と実現に向けた道筋を取りまとめて公表すべき、と提言は要求している。

ここは過去のホールセールCBDC議論(BIS Project AgoraやECBの実証)の延長線上にあるが、日本ではこれまで「リテールCBDC」の議論が前面に出てきて、ホールセール側の議論は相対的に静かだった。提言は明確に、ホールセール側の優先度を上げる方向で書いている。

ただし提言は同時に、全銀システム自体のブロックチェーン置換は「現時点で必須とまでは言えない」とも書いている。毎日850万件処理の大量処理を、現状のパブリックチェーンで捌くにはスケーラビリティ限界があり、既存システムを残しつつ新基盤を構築する方針が示されている。「全銀システムをチェーンに置き換える」のではなく、「トークン化預金のファイナリティを支える層として日銀当座預金をトークン化する」という、層構造を維持した設計だ。

(ii) プログラマビリティを内包したトークン化預金の推進

トークン化預金を単なる「預金のトークン化」で終わらせず、スマートコントラクトを活用して商流・物流と連関した決済自動化に持っていく、という方向性だ。預金取扱金融機関の業務範囲規制(銀行が直接できる業務の範囲)や資本構造の在り方も含めた検討が必要、と提言は要求する。年内に結論を得て公表すべき、というスケジュール感。

業務範囲規制への踏み込みは、大きな論点に見える。これまで銀行の業務範囲は、銀行法と関連政令で厳格に区切られてきた。プログラマビリティを伴うトークン化預金が商流・物流と連結すると、銀行が事実上担う領域が広がる可能性がある。提言はそこに踏み込んで、業務範囲の見直しを論点として置いた。

加えて、中小企業のオンチェーン対応への配慮も注記されていて、大企業だけが恩恵を受ける構図にならない設計を、原則レベルで意識している。

(iii) 銀行発行ステーブルコインの検討加速

資金決済法上、銀行がステーブルコインを発行することは禁止されていないが、金融審議会の資金決済制度等に関するWG報告書では「銀行の健全性や金融システムに与える影響等、多角的な観点からの慎重な検討が求められる」とされてきた。

ここに対して提言は、「国際的には銀行によるステーブルコイン発行事例も出てきている情勢の変化を踏まえ、バーゼル規制上の取扱いや預金保険における対応も含めて、年内に諸論点を検討・整理すべき」と書いている。

これは大きい。これまでの金融行政のトーンが「慎重な検討」で止まっていた領域に対して、提言の側から「検討加速」を明示的に要求した形になる。3メガバンクが第1回会合のヒアリングでステーブルコイン実証実験を説明している事実と合わせて読むと、「銀行発行ステーブルコイン」というオプションが、政策アジェンダの中で一段前に出てきた、と読める。

(iv) グローバルSCコリドー構想(仮称)

円建てステーブルコインの国外利用を視野に、円建てとドル建てのステーブルコインをシームレスに交換可能にする枠組みの構築を、各国当局間の対話から始めるべき、という提言だ。価値の保全や償還ルール、発行体破綻時の取扱いについて、各国間の規制・監督のイコールフッティングを確立し、事故・組戻対応等のクロスボーダー運用手続を標準化する。

「コリドー」という言葉は、決済の世界では特定通貨ペア・地域間で標準化された決済経路を指す。提言は仮称ながらこれを「グローバルSCコリドー構想」と命名し、円建てステーブルコインが国境を越えて使われる際のインフラを政策レベルで設計しようとしている。

クロスボーダー決済の現状(SWIFT・コルレス銀行ネットワーク中心、平均2〜5営業日、複数行を経由する手数料構造)に対して、ステーブルコイン版のコリドーが成立すれば、決済時間と手数料の構造が大きく変わる射程の話になる。

(4) 決済高度化プロジェクト(PIP)の拡大

現在進行中の「決済高度化プロジェクト(PIP)」では、3つのプロジェクトが走っている。

  1. 3メガバンク共同のステーブルコイン発行 — グローバル企業のアジアキャッシュマネジメントでの利用を視野に、来年(2027年)3月までの実運用開始を念頭に検討

  2. ブロックチェーン上での証券決済推進 — 証券決済の効率化と24時間365日対応

  3. トークン化預金を複数銀行間で移転する仕組み構築

提言は、この3プロジェクトに加えて新規プロジェクトを追加すべき、として2つを挙げる。

  • 貿易決済を含むその他分野への拡大

  • トークン化売掛債権に対するトークン化預金・ステーブルコインによるレンディング実証

特に2つ目は、第1章の未来像で描かれた「製造業の現場で売掛債権がオンチェーン上で即時流動化される」シナリオの実装版にあたる。SCFの景色を変える射程の実証で、ここが回り始めると、中小企業向け融資の与信構造の更新が動き出す。

3メガ共同ステーブルコインが2027年3月実運用開始というスケジュールで動く想定と、提言公表のタイミングを合わせて読むと、政策と実装が同時並行で走り出している景色になる。

(5) AI・オンチェーン金融アジア政策対話枠組み(仮称)の創設

ここは原則④(アジア主導権確保)を施策レベルで具現化する施策で、提言の中でも目を引く部分だ。

オンチェーン決済への対応に遅れて、日本の決済インフラを外国に委ねることになれば、経済安全保障上のリスク・通貨代替リスクに直結する。一方で、諸外国に先んじてオンチェーン決済の安全で信頼できる基盤を確立できれば、アジア諸国にノウハウやサービスを提供する形で連携を深められる、というのが提言の論立てだ。

具体的な数字として、提言はこう書いている。「現時点においても、アジア諸国との間の輸出入の決済の4〜5割は円建てで行われており、今後もこれを維持・拡大していくことに繋がり得る」。

4〜5割の円建て決済比率は、いわゆる「クロスボーダー貿易における円のプレゼンス」の現状を示す数字で、ここがオンチェーン化の波で目減りすると、円の国際的な使用余地が縮小する。提言は、その流れに対してアジア地域で能動的に「枠組み」を作りに行く方針を取っている。

施策としては、まず「AI・オンチェーン金融アジア政策対話枠組み(仮称)」をアジア官民対話の場として早急に創設し、その中で技術面・法令面の課題と対処の実例を共有しながら、RWAの定義や監査、KYC/AML/CFTの相互運用ルールメイキングを進める、としている。

注目すべき節目として提言が挙げているのは、2027年に愛知・名古屋で開催されるアジア開発銀行(ADB)年次総会だ。ここを発信のタイミングと位置付けて、政策対話枠組みの成果や日本側の取り組みを「積極的に発信していく」と提言は書く。アジア地域の金融政策担当者・中央銀行・機関投資家が一堂に会する場で、ホスト国の立場を活かして発信する構図になる。

(6) その他 — AIルールメイキングと量子耐性

最後の(6)その他には、AI金融に固有の論点が2つ置かれている。

① 金融分野におけるAIに対するルールメイキング

AIエージェントによる自律型金融アーキテクチャの出現を見据えて、資産運用での取引判断・取引指示におけるAI活用や、AIによる独立・自動的な判断・指示が進む状況を想定し、金融監督・市場監視の観点からそのあり方を金融庁において早急に検討・整理すべき、という提言だ。

論点として並べているのは、

  • AIが真に顧客の最上の利益に基づいて判断するかという、顧客本位の論点

  • 特定のAIに過度に依存することで市場が一方向に動き、不安定化するリスク(マーケットマイクロストラクチャー上の論点)

  • 銀行の融資判断におけるAI活用で、特定業種が排除されることのないよう金融包摂の観点が必要

ここは前回のnoteで扱った「AIホワイトペーパー2.0」の議論と直接接続する領域だ。AIホワイトペーパー2.0が描いた「金融自律型AIの導入」「人にしかできないことは何か」という抽象的なシフトが、本提言で「金融監督・市場監視の観点からの早急な検討」というオペレーショナルなレベルに落ちている。

加えて提言は、金融庁FinTech実証実験ハブで進んでいる VC(Verifiable Credential、検証可能なクレデンシャル) の検証にも触れている。マイナンバーカードに搭載される公的個人認証サービス(JPKI)と生体認証(顔認証等)を組み合わせる方式で、エージェンティックAIの利活用が進む中で本人真正性を担保する基盤として、属性情報・履歴情報と連携することでAI活用の高度化・信頼性向上・不正防止に資する、と位置付けている。

「AIエージェントが取引する未来」と「VCで本人真正性を担保する基盤」の両者がセットで提言に書き込まれている点は、設計の連結性として読める部分だ。AIに任せられる範囲を広げるためには、誰の意思かを技術的に確定する基盤が同時に必要、という発想は実装側の事情と整合する。

② 量子耐性の確保

ブロックチェーンの暗号技術が、量子コンピュータの登場により危殆化(解読されやすくなる)するリスクへの言及だ。提言は両論を併記する形で書いている。

一方では、量子による危殆化リスクはブロックチェーンに固有のものではなく、既存インフラ全てに及ぶ課題であること。他方では、耐改ざん性や分散合意といったブロックチェーン固有の堅牢性を活かしつつ、耐量子署名方式への移行、レイヤー2技術によるスケーラビリティ向上、合意形成プロトコルの改良で対応可能、という意見もあること。

そのうえでデジタル庁が業界と連携して、量子コンピュータによる危殆化リスクの把握と代替手段の検討を常時進める、という方針が示されている。


7. 既存WGをどう束ねているか

ここまで提言の中身を順に読んできた。最後に、提言が既存の個別WGや実証実験をどう束ねているかを、俯瞰で並べてみる。

  • トークン化国債WG(オンチェーン・レポ) — Progmat主催DCC、2026年5月キックオフ、2026年10月報告書予定。本提言では施策(2)「公的主体ユースケース」の国債トークン化、施策(4)PIPの証券決済推進と接続

  • 3メガバンク共同ステーブルコイン実証 — みずほ・三菱UFJ・三井住友、PIPで実証中。本提言の施策(4)PIPで明示、2027年3月実運用開始

  • トークン化預金 — ディーカレットDCP他、PIPで実証中。本提言の施策(3)①トークン化預金拡大、施策(4)PIPで明示

  • AIホワイトペーパー2.0 — 自民党デジタル社会推進本部AI・Web3小委員会、2026年4月23日取りまとめ。本提言の施策(6)①金融分野AIルールメイキングで接続

並べてみると、本PT提言は、既存の個別取り組みを「全体ピクチャー」の中に位置付け直したうえで、それぞれに優先度と期限を付与し直した、という性格の文書として読める。新規論点の発見というより、走っている取り組みを「政策の側から束ねた」役割が大きい。

前回のAIホワイトペーパー2.0 noteで扱った3つのパラダイムシフト、特に「金融自律型AI」の論点は、本提言の(6)①「金融分野におけるAIに対するルールメイキング」に直接接続している。前々回のトークン化国債WG noteで扱ったオンチェーン・レポ構想は、本提言の(2)公的主体ユースケースと(4)PIPの双方に接続する。連作として読むと、政策と実装が同時並行で動いている景色が見えてくる。


8. いま並行で書いている本との接続

本提言の施策(3)①「トークン化預金の拡大」と、施策(3)②「ステーブルコインの拡大」は、いま並行で書いている本でも扱っているテーマだ。

本の中では、トークン化預金がなぜ既存の銀行預金と別の制度的座席を必要とするのか、ホールセールCBDCがトークン化預金間のファイナリティをなぜ握る必要があるのか、銀行発行ステーブルコインがバーゼル規制と預金保険にどう接続するのか、といった論点を、現場の景色とともにほどいている。提言が政策の言葉で書いた箇所の、その奥にある実務的な構造を扱っている。


9. 次に何を見るか

本PT提言の段階で書き込まれたのは「ピクチャー」と「具体施策のリスト」だ。木原座長自身が「現段階は『構想』段階」「これから一つ一つのピースを積み上げていく」と発信しているとおり、提言は出発点であって到達点ではない。

次に動きを見ていくべきポイントを3つ挙げておく。

1. 決済・イノベーション推進PT(村井英樹座長)の動き

本PTが「ビジョン」を描いた後、実装は決済・イノベーション推進PTが回す。法改正項目(信託法、預金保険、KYC、業務範囲規制など)の具体的なスケジュールがどう描かれるかが、提言の実効性を決める。

2. 骨太の方針への反映と、5年ロードマップの中身

提言は金融庁中心に5年ロードマップを作成すべきとしていて、骨太の方針への反映も視野に入る。ロードマップの粒度と期限が、どこまで具体的に書き込まれるかが、次の節目になる。

3. ホールセールCBDC論点整理の年内公表

日銀が年内に取りまとめる予定の「論点整理と道筋」が、トークン化預金実装の前提条件を握る。リテールCBDC側の議論との切り分けがどう整理されるかも含めて、注目に値する。

これら3つの動きが、提言の後の半年〜1年で具体化していく時期に入る。


10. 巻末リファレンス

用語まとめ

  • PT — プロジェクトチーム。自民党内の検討組織の一形態

  • トークン化預金(TD: Tokenized Deposit) — 預金をブロックチェーン上のトークンとして発行・管理する仕組み

  • ステーブルコイン(SC: Stablecoin) — 価格が法定通貨に連動するブロックチェーン上のデジタルマネー

  • CBDC — Central Bank Digital Currency、中央銀行デジタル通貨。リテール向けと、銀行間決済を対象としたホールセール型がある

  • PIP — 決済高度化プロジェクト(Payment Innovation Project)。3メガ共同ステーブルコイン実証など3プロジェクトが進行中

  • RWA — Real World Asset、実物資産のトークン化全般

  • ABL — Asset Based Lending、動産・売掛債権担保融資

  • SCF — Supply Chain Finance、サプライチェーン・ファイナンス。取引上の売掛債権や在庫を担保にした資金供給

  • AML/CFT — Anti-Money Laundering / Counter-Financing of Terrorism、マネロン対策・テロ資金供与対策

  • KYC — Know Your Customer、本人確認業務

  • VC — Verifiable Credential、検証可能なクレデンシャル。本人属性を暗号学的に検証できる仕組み

  • プログラマビリティ — プログラムで動作・条件を組み込める性質。スマートコントラクトの基盤特性

  • ファイナリティ — 決済の最終性。「もう取り消せない」状態になること

  • エージェンティック・コマース — AIエージェントが自律的に商取引を実行する経済モデル

  • AZEC — Asia Zero Emission Community、アジア・ゼロエミッション共同体。2023年発足の日本主導アジア脱炭素枠組み

  • ADB — Asian Development Bank、アジア開発銀行。2027年年次総会は愛知・名古屋で開催予定

引用元

一次情報

補足ソース


X:@BaronLeon86

Fintech周りの政策文書を、中の人として読み解くnoteを続けています。次回は決済・イノベーション推進PTの動きと、骨太の方針への反映を追う予定です。

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