人前で泣いた話
声を出そうとすると、嗚咽になる。そのことを40代になって知りました。
ストレングスコーチになるための研修の最後のワークでした。ペアを組んだ相手が、私に向けて書いたカードをみんなの前で読み上げていました。
うわべの言葉ではありませんでした。
私には、リターンを考えず、反対されても、リスクを負って切り拓こうとするところがあります。自分ではうまく言葉にできたことがありませんでした。
その相手はそれを見ていました。あなたは道を切り拓く人だと。数日のあいだに私が話したこと、ふるまい、その奥にあるものまで見た上でそう言われました。
聞きながら心と体が震えました。
感想をシェアする番がきても、口を開けませんでした。声を出そうとすると嗚咽になる。こらえることと話すことは一緒にできないんだとそのとき知りました。
自分がこうなるとは思っていませんでした。
私はもっと冷めた気持ちでもっと打算的な理由で参加していたからです。
子どもが生まれたとき、残りの人生は子どものために使おうと思いました。
そう思ってたのに、でもどこかで別のものを探していました。若い頃、音楽に没頭した時期があります。あのときのように、残りの人生を賭けられる何かを見つけたかったんだと思います。
40代。情熱を持って何かを極めるなら、最後のチャンスかもしれない。そう感じていました。
だから探し方も打算的でした。
自分の人生を賭けて取り組む気にさせてくれるもの、スキルであり簡単には習得できないもの、そしてマネジメントの現場でも役に立つもの。その条件で考えて行き着いたのがストレングスコーチングでした。
占いっぽいわくわくする要素もあってわかりやすい、でも占いより科学的。強みを活かすほうが、仕事でもプライベートでも幸福度が上がると言います。実際に自分でも受けてみて、レポートは当たっていると思いましたし、自分を知るきっかけにも、少し勇気をもらう機会にもなりました。
これはきっと日本の組織で役に立つ。そう思いました。そして興味はあっても認定コーチになろうという人は多くありません。私が突破口を開けたら現職でも貢献できそう。頭では、そろばんを弾いていました。
その頭で、研修に入りました。
四日半。学ぶことは多かったし内容もパワフルでした。それでもどこかで自分を観察していたと思います。これは使えるか、どう活かすか。そういう目で見ていました。
最後のワークまではそうでした。
ですがカードを読み上げられて、その目が働かなくなりました。
計算して選んだ道でしたが、最後に計算していなかったものに出会いました。認められるということが、こんなに心と体にくるとは思っていませんでした。
あとになって考えました。なぜ、あんなに震えたのか。
それは私の全部を認めてくれた気がしたからだと思います。
うわべではなく、奥まで。誰にも言っていない部分まで見られて、それでいいではなく、あなたはそうやって貢献する人だと言われました。
そういうことは、めったに起きません。
普段、私たちは役割で見られています。肩書きや、成果や、立場で。それも必要なことです。でも、その奥にある自分を突き動かすものまで認められることは、ほとんどありません。
だからそれが起きたとき頭より先に、体が動いたんだと思います。
あなたが最後にそうやって認められたのはいつでしょうか。
思い出せないとしても、あなたに何かが足りないわけではありません。そういう機会がこの世界にはとても少ない。ただ、それだけなのだと思います。
