休んだ方が良いと言われる。でも休むって難しい。
「なにをそんなに焦っているんですか?」
「今はゆっくり休む時期なんじゃないですか?」
訪問看護の看護師さんにそう言われる。
私のことを心配してくれている。ありがたいと思う。
客観的に見ると今の私は限界なんだと思う。
実際私も限界だと思う。
だって今看護師さんと泣きながら話しているのだから。
でもこんな言葉を振り払って、就職活動をしている。
週五日で就労移行に通っている。
なんで?
私だって本当は休みたい。
何にも気にすることなく、好きなことを好きなだけして、今ある悩み事から離れてゆっくりと過ごす。
そんな風に休んでみたい。
でもそうはいかないのが現実。
それを許してくれないのが社会。
なぜ休めない?何が難しい?
やりたいことがない。
気力がわかない。
これが理由のひとつ。
趣味がある人は休めるんじゃないかと思う。わからないけど。
休みがあったら何をする?アニメを見る?ゲームをする?友達と出かける?買い物に行く?旅行に行く?
これらは心が健康な人だからできること。
これが私になると、何もできなくなる。
アニメを見る気力もない。ゲームをやる気力もない。友達もいない。欲しいものもない。出かける気力もない。
その結果、寝るか、ひたすらtwitterを見続けるか、youtubeを見るか。
それくらいしかできることがない。
見たい動画があるわけではない。ただ気を紛らわすためだけに見ている。
現実から目を背けるためにただひたすら気を紛らわしている。
こんな生活をしていたら頭がおかしくなる。
休めているはずもない。
理由の二つ目は、休むってのは、休んでいないときがあるから休めるものだということ。
平日があるから休日がある。
普段仕事を頑張っているから。
休んだ後に行く場所があるから。
だからこそ、ゆっくりと、堂々と休める。
無職なのに就活もしないで休む。
この状況で堂々と休める人はいるのか。
まあいるかもしれないけど私には無理だ。
社会から隔絶されている不安。休めば休むほどどんどん自分がみじめになっていく。休めば休むほど年を取っていく。人生の選択肢がどんどん狭まっていく。
働かないで、いい大人なのに自立できない、迷惑をかけている自分。
こんな自分と向き合わなくてはいけないことが休み?
休むことを許されるのは普段休んでいない人だけだ。
今の私はそう信じてしまっている。
こんな感じで、服屋に着ていく服がないとか、筋トレするための筋力がないとかと同じように、私には休むために必要な休み力がないのだ。
じゃあなんで動きたいの?
無理をしてでも動き続けたい理由は何個かある。
一つはさっき話したように私が休めないから。
二つ目は、就職活動は無職の自分への免罪符になるから。
「精神障害になったけど頑張って就活をしている自分。」
無職で休んでいる自分とは大違いだ。
これだったら、社会からも許される。なんとか自分のことを認めることができる。
罪悪感がなく一日を過ごせる。
三つ目は、就活をすると前に向かっている気がするから。幸せな未来に向かっているような気がするから。このポジティブな「気がする」が動き続ける理由。
あくまで気がするだけで、実際そんなことないんだけど、この気がするが自分を動かす原動力になっている。
反対に、休んでいるとどんどん後ろに下がっている気がする。ネガティブな「気がする」。これは自分の心をすり減らしていく。
動くと休むは大違いだ。
でも限界を超えて、無理をして動き続けている。
いつか壊れる。
自分でもわかっている。
どうすればいいかわからないけど、この悩みを分かってほしい
こんな感じで、私にとっては動くことよりも休む方がよっぽどつらいということ。
支援者の人は休んだ方が良いと言ってくる。
それはそうだと思う。
でもなかなか簡単じゃなくて。
本当に難しくて。
この難しさを少しだけでもわかってもらいたい。
休みたくないわけじゃない。休めるものなら休みたい。
でも休めなくて、無理して動き続けるしかない。
