2025/12/14 日本橋の兜座で它を見た

今日のスケジュールは、夜にパラダイムシフトさんの単独ライブである「パラダイムシフト2025年 它」を見に行くのみ。
すごいなあ。最近思うのは、我々くらいの歴のお笑いユニットの方々が続々と単独ライブをやっているなあということ。
パラダイムシフトさんだけでなく、漫才56号さんもそう。昨年だったか記憶が曖昧だが、惑星カッポさんもそう。これくらいが単独をやる時期なんだろうな。

じゃあ我々もそろそろではと聞かれたら、「やれない」が第一に来る。
お世話になっているマセキ芸能社は基本的に何をやってもいいし、勝手に他事務所のライブに出ても基本的にはOKという事務所だ。これというのは、マセキ芸能社のことのはじまりなども関わっていると聞くが、それを詳しく話すと長くなるから、また直接聞いてください。
そんな何をやろうと自由な、マセキ芸能社。犯罪や世間の倫理に反する行為は禁止されている以外に、自主的な単独ライブの禁止という鉄の掟がある。これがなぜなのかとかは詳しくは知らないけども、なんとなく雰囲気は感じ取っている。ある程度の人気が高まってきたら、そのお笑いへのご褒美的なニュアンスや、ファンの方へのお礼的なニュアンスを込めて、マセキ芸能社が主催で行うとそういうルールがある。
それで、我々が単独ライブをやることは当分ないよという話しだ。

あとは仮に単独をやるとしたら、私が全部やらないといけなくなるのが目に見えているから、さすがに体が持たない。せめて芸事で食べられていたら、隙間時間でコツコツとやることができるだろうが、アルバイトをしながらの生活であるから、どうやっても時間が足りない。収益を全額私に、プラスして田川くんから30000円のエントリーフィーが貰えるならギリギリやれます。

今日はとりあえずウーバーもやる。ネタも書かないといけないが、ウーバーもやらないといけない。へろへろである。
17時前に帰宅して、ささっと準備して、茅場町駅から歩いて、ライブ会場の兜座へ向かう。パラダイムシフトさんがやたらと気に入っている会場とは聞いていた。そんなに良いものなのだろうか、それも楽しみに向かう。

会場はいわゆる雑居ビル。夜に行ったから、オフィス街の中でぽっと明かりがついていてすぐに見つけられたが、お昼に行くと見逃してしまいそうな入口だ。このこじんまりとしたところが良いんですよね。
小さな入口から入ってエレベーターで上がって行って、ちんとドアが開けばそこにはパラダイムシフト高倉さんと作家の鶴見さげおさんが立っていた。まさに手弁当で取り組んでいる。涙ぐましいお話である。

受付を済ませて差し入れをお渡しする。広島帰省のときに大量入荷したもみじ饅頭を渡しておいた。このもみじ饅頭を通して、家に常に手土産をストックしておきたいなという気持ちが芽生えてきた。お笑いの世界はやはり仁義の世界。感謝の言葉や祝辞でも十分ではあるが、そこはやはりもう一つ上乗せして、目に見えるものがあると良い。
何か手土産があったほうがいいかしらねと思ったときに家にストックがあると便利だ。いちいち買いにいくのは面倒だし、だいたい「あ!」となって「店の閉店5分前にはつけるかしら」なんて焦ることになる。家に手土産倉庫を作りたい気分だ。

さて、いよいよ単独ライブが始まる。ライブの内容をいちいち喋るのは野暮というもの。なんとなくお話できる範囲で言えば、パラダイムシフトのアスカさん、高倉さん、どちらもおっしゃっていたことだが「妙な緊張感」があった。
単独ライブに訪れるお客さんは基本的にファンである。ファンというのはある種のイエスマン、イエスウーマン、ある種の依存状態にある人が来るものという認識で、それが悪いことではないとも思う。誰しもが楽しめるものを出すのはテレビやメディア、はたまた通り掛けにふっと入って来た人も楽しめる寄席である。単独ライブはその人たちを目がけてくる場所だから、つまるところ内容はどうでも良かったりする。
しかしパラダイムシフトファンの皆さんは一味違う。パラダイムシフトさんは「面白いネタを見たい、という期待感が緊張感に繋がっているのでは」と分析していた。
しかし私の五感で感じたのはもっとシンプルなお話。パラダイムシフトさんを応援しているのはシャイボーイ、シャイガールがメインということじゃないかなと感じた。いや、全員がそうであるということではないが、一定割合を占めているのではないかということだ。

私を含めたシャイボーイシャイガールは良い意味で自意識過剰。ここで笑って、周りが笑っていなかったら恥ずかしいわというというツッコミ担当の第二、第三人格が自分自身を監視しているのだ。けっしてつまんないとかそういうことではない。パラダイムシフトさんという存在は、自意識過剰な人が好きになるコンテンツなのかもしれない。
私もネタを見ていて「お!これは面白いな」と思ってもゲラゲラワッハッハとは声をあげられなかった。それはもう一人の自分が監視しているからだ。
そんな中で声を出して笑っていたのは私の左後ろにかけていた田川くんだった。

パラダイムシフトさんの時事ネタ漫才も拝見した。私も時事ネタ漫才師を自称するバカタレであるからして、やはり緊張感を持って拝見する。
結論から言えば、やはり角度のつけ方というか、ニュースの見つめ方が私とは違うように感じた。それはどっちの方が偉いということではない。
パラダイムシフトさんは「寄席」を意識した、誰もが笑えるフリ、オチ、ツッコミが見事に展開されている。これは私がやることができなくて諦めたスタイル。
私は時事漫才については「極私的」なものと思っている。皆さんがどう思っているかは置いといて、私はこのニュースについてはこういうように見えたよと報告して、それで笑ってもらえたらいいなと。ある種のこの日記に近い考えでやっていて、つまんないと思う人もいるだろうけど、これが良いのよという一部の人の心をつかみたいのだ。人間の内側にあるグロテスクな部分を白昼のもとにさらしてしまいたいという衝動の表現が時事漫才。そういうつもりである。

今回のネタを見て、仮にパラダイムシフトさんが今後、時事漫才をやっていきますよと決めたとして、ライバルにはならないだろう。
「実力差から勝負にならない」という意味ではなく、時事漫才という外側は同じだけども中身は違う。野球で例えれば(ジジイ的!)、イチローと松井秀喜どっちの方がすごいのという議論に決着がつかないのと同じだ。やっているのは野球だけど、ヒットをたくさん打ちたい人とホームランをたくさん打ちたい人で比較して優劣をつけるのは難しい。
エピソードの面白さ勝負なら、長嶋さんから電話越しにスイングの指導を受けたというエピソードを持つ松井秀喜の方が面白いけども。

ちょいとアツい話になってきたからここらで終わる。
ライブの後はちかくの公園で、明日のユーカリが丘での20分漫才の稽古をした。稽古して稽古して稽古して稽古して、稽古して参ります。ライフワークバランスガン無視お笑いです。

今日面白いと思ったことは「単独ライブはその人たちの美意識みたいなものが見えること。いろんな人の単独、主催を見に行きたいなと思う。」

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