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資金繰りで苦しいときは、それ以外の記憶が消えている

私は以前、住宅・不動産関係の会社を経営していました。

会社を経営するというのは、商品やサービスを提供する仕事です。

もう少し現実的に言えば、毎月やってくる支払いに間に合うよう、お金を集め続ける仕事でもあります。

経営理念も大切です。

お客様の笑顔も大切です。

社員の成長も大切です。

ただし、月末になると、それらは一度、銀行残高という一つの数字に集約されます。

銀行残高は、理念をあまり高く評価してくれません。

営利企業がしていることを単純に言えば、自社の商品を販売し、そこから仕入れや人件費や経費や税金を差し引いて、最後にいくら残るかを見る作業です。

会社の規模が大きくなれば、動くお金も大きくなります。

しかし、世の中の大部分を占める中小零細企業の実態は、それほど華やかなものではありません。

社長と呼ばれ、名刺には立派な肩書が入り、扱う金額は何億円になる。

それでも、実際の暮らしは個人商店の延長に近いことがあります。

私が経営していた会社は、最大で年商5億円ほどありました。

年商5億円と聞くと、かなり儲かっているように見えます。

私も、外から見れば、多少は立派な経営者に見えていたかもしれません。

中にいる本人は、毎月電卓を叩いていました。

木造建築を中心とする会社では、売上から材料費や外注費を差し引いた粗利益は、私の経験では20%から25%ほどでした。

そこから社員の給料、家賃、車両費、金利、税金などを払います。

一年間に5億円を動かして、最終的に200万円ほど残れば御の字。

つまり、社員や業者さんと一年間大がかりな活動をして、最後に残るのは200万円です。

5億円を入口から入れ、さまざまな人と機械を経由させ、出口で200万円を受け取る。

かなり大きな装置です。

会社経営には、そういうところがあります。

もちろん、会社が活動することで社員の生活が成り立ち、関連業者に仕事が生まれ、お客様には家が残ります。

社会全体で見れば、きちんと意味があります。

ただ、「社長個人のお金を増やす」という一点だけを見ると、ずいぶん壮大な方法を選んだものだと思います。

資金繰りが苦しくなると、きれいな話から消えていく

会社の資金繰りが苦しくなってくると、人間はきれいなことを言っていられなくなります。

頭の中が、完全にお金で埋まります。

今月末に、いくら必要なのか。

あの入金は間に合うのか。

銀行は追加融資をしてくれるのか。

税金と社会保険をどうするのか。

この状態で、あと何か月持つのか。

寝ても覚めても、そのことを考えます。

車を運転していても計算している。

家族と話していても計算している。

風呂に入っていても計算している。

計算してもお金は増えません。

それでも計算します。

昨日と同じ数字を、今日も少し深刻な顔でもう一度足し直します。

何度やっても答えは同じです。

電卓には、経営者を励ます機能がついていません。

そうして、あるとき気づきます。

資金繰りで苦しい時期は、それ以外の記憶がほとんど残っていないのです。

季節がいつ変わったのか。

その日の空が晴れていたのか。

食べたご飯がおいしかったのか。

子どもが何を話していたのか。

ほとんど覚えていません。

目の前に家族がいても、頭の中には請求書がいる。

満開の桜を見ても、

「今月の入金は何日だったか」

と考えている。

桜には何の責任もありません。

しかし、こちらには桜を見ている余裕がないのです。

人間は生存の危機を感じると、それ以外の情報を切り捨てるのだと思います。

脳は会社を守るために全力で働きます。

その代わり、季節、食事、家族との会話などを、いったん不要な情報として処理する。

会社は守ろうとするのに、人生のほうが少しずつ消えていきます。

売上があっても、お金があるとは限らない

会社を経営したことがない人から見ると、

「売上があるなら大丈夫でしょう」

と思うかもしれません。

しかし、売上と手元資金は、まったく別のものです。

売上は立っている。

利益も計算上は出ている。

しかし、銀行口座にはお金がない。

会社では、こういう一見すると奇妙なことが普通に起こります。

仕事を受注すると、先に材料費や外注費や人件費が出ていきます。

お客様からの入金は、そのあとです。

仕事が増えれば、先に出ていくお金も増えます。

そのため、暇な会社より忙しい会社のほうが、資金繰りに苦しむことがあります。

仕事がないと苦しい。

仕事が増えても苦しい。

経営には、ときどき逃げ道のない二択があります。

そして、税金や社会保険は、こちらの事情とは関係なくやってきます。

今月はいろいろあった。

大口の入金が遅れている。

経営者本人もかなり反省している。

そう説明しても、請求額が減るわけではありません。

お金の世界は、心情酌量にあまり熱心ではないのです。

だから経営者は、表面では普通を装いながら、内側で少しずつ追い詰められていきます。

社員の前では、

「大丈夫。」

と言う。

取引先には、

「順調です」

と言う。

家族には、

「心配しなくていい」

と言う。

そして一人になると、銀行口座を開く。

何度見ても残高は同じです。


「頑張れば何とかなる」では、何ともならない

私はその中で、自分の未熟さを思い知りました。

当時の私は、

「頑張れば何とかなる」

と思っていました。

しかし、資金繰りは精神論ではありません。

こちらが朝から夜まで頑張ったことと、月末に必要なお金があることは別です。

気合いを入れても、請求金額は一円も減りません。

もっと冷静に。

もっと慎重に。

もっと数字を見るべきでした。

仕事を取ることだけでなく、その仕事によって、いつ、いくら出ていき、いつ、いくら入るのかを見る。

売上ではなく、手元に残るお金を見る。

会社を大きくすることより、会社が安全に続くことを考える。

今なら分かることが、当時は見えていませんでした。

社長には、不思議な見栄があります。

売上を増やしたい。

社員を増やしたい。

事務所を立派にしたい。

人から「成功している」と思われたい。

私にも、そういう気持ちがありました。

事業そのものだけでなく、「社長である自分」を守ろうとしていたのだと思います。

人からすごいと思われたくて会社を大きくし、その会社に追い詰められて、最後には自分を情けない人間だと思うようになる。

承認を得るためにつくったものによって、自己評価を下げ続ける。

なかなか手の込んだ仕組みです。

お金は、安心して眠るための道具でもある

あの経験があったからこそ、私はお金の重さを知りました。

お金は、ただの紙や数字ではありません。

安心であり、時間であり、選択肢であり、心の余裕でもあります。

お金がすべてではありません。

しかし、お金が足りないとき、人はそれ以外のものを考えにくくなります。

愛情があっても、支払いは来ます。

夢があっても、家賃は来ます。

前向きに生きていても、税金は来ます。

現代社会において、お金は人生の主役ではありませんが、かなり発言力の強い脇役です。

私は、お金だけを追い続けて、季節の記憶まで消えていく生活を何年も経験しました。

会社を守るために時間を使い、時間を取り戻すためにお金が欲しくなり、そのお金を得るために、さらに時間を差し出す。

出口を探して走っていたはずなのに、同じ場所を回っていました。

今の私は、

安心して眠れること。

穏やかにご飯を食べられること。

静かな時間があること。

そういう、以前は当たり前だったものの価値が分かるようになりました。

特別な成功ではありません。

ただ、夜に眠るとき、翌日の支払いを計算しなくてもよい。

ご飯を食べながら、ご飯の味が分かる。

家族と話しているとき、その話を聞いている。

それは、資金繰りに苦しんでいた頃の私から見れば、かなりぜいたくな生活です。

余裕がなくなってから、新しいことは始められない

私は、経営に成功した人間ではありません。

むしろ未熟で、大きな失敗をしました。

ただ、失敗したからこそ見えたことがあります。

資金繰りが限界に近づいてから、別の収入源をつくろうとしても遅い、ということです。

追い詰められた人間は、冷静な判断ができません。

今月中に百万円必要な人がFXを始めれば、相場を学ぶのではなく、相場に百万円を要求することになります。

相場は、その要求を聞いてくれません。

むしろ、急いでいる人から順番に授業料を取っていくところがあります。

FXは、会社の資金繰りを今すぐ救うための道具ではありません。

まして、一発逆転の方法でもありません。

余裕があるうちに時間をかけて学び、社長個人が会社とは別にお金を増やす技術を身につけていく。

そのような「第二の収入源」を準備するための選択肢です。

会社が順調なときに、別の収入源について考える経営者は多くありません。

順調なのだから、当然です。

人間は、雨が降っていないときに傘を買うことを、ずいぶん無駄に感じます。

そして降り始めてから、傘を持っていないことに驚きます。

私もそうでした。

会社が動いている間は、会社をもっと大きくすることばかり考えていました。

会社以外の場所に、自分自身の収入をつくるという発想がなかったのです。

会社の売上と、社長個人の安心は同じではありません。

年商が大きくても、社長の心に余裕があるとは限りません。

会社を守ることだけに人生を使い、季節の記憶まで失ってしまう前に、会社以外の柱を静かに育てておく。

それは会社を見捨てることではありません。

会社と自分の人生を、同じ一本の柱だけで支えないということです。

お金に追われているとき、人はそれ以外の記憶を失います。

だからこそ、まだ空の色を覚えていられるうちに、準備を始める必要があるのだと思います。

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