【はじめてのnote】 2006年に止まっていた、四十路おっさんの旅
2005〜2006年の記憶
遡ること20年。
大学2年生の夏休みに、北海道の宗谷岬から鹿児島の佐多岬まで自転車で旅をした。およそ20日程度。俗にいう日本縦断の旅だ。特別な意味があったわけではなく、自転車部に入っていたこともあり、持て余した時間で挑戦めいたことがしたかった。
友人と後輩の3人でスタートしたが、精神的にも幼かったこともあり、なんやかんやと揉めて最終的には一人でゴールした。
(ちょっとずつ思い出しながら触れていきたいと思う)

翌年の夏休み、今度は一人で鹿児島の佐多岬から逆走することにした。前年は日本海側だったので、太平洋側を自転車で走った。いわゆる日本一周というやつだ。
自転車部だったこともあり日本縦断をした人は多少知っていたが、日本一周は道のりも長く、周りに達成している人はいなかった。暇を持て余して何者かになりたい大学生にとって、達成している人がいないという事実は旅の動機に十分だった。
しかし太平洋側は距離的にも長い。相次ぐ自転車のトラブルもあり、2週間かけてなんとか大阪まで辿り着き、そして旅を中断した。

気づけば20年
多分20年前の僕は、またすぐに続きをすると思っていたんだと思う。しかし恐ろしいことに、気づけば20年の年月が過ぎていた。その間、就職・結婚・子育てと、旅について思い出すことはほとんど無かった。
自転車は全く乗っていないわけではないが、就職直後にロードバイクを買って、稀に近場を走る程度。年に数回レベル。
仕事はというと新卒でJTCに就職し、そのまま勤め続けている。そしていつの間にか中間管理職というやつだ。と言っても仕事は嫌いではない。むしろ楽しく働いている方だと思う。ただ、日本縦断・一周をしている時は自分が主人公になったような、ちょっとした高揚感があったが、そんな感情とは無縁の日々だ。
しかし、とうとう旅のことを思い出す時が来た。
僕の会社では満40歳で最低2週間は休むという制度がある。子どもも少し大きくなり、妻も働いてることもあり、2週間あっても家族と時間は合わない。一人で海外旅行に行く気も起きない。そこで20年前に中断していた旅を思い出したのだ。
時間もあるし、あの時の続きでもやってみようか。

41歳にして、日本一周の続きをやる意味
いきなり結論だが、意味はあまり無い。
元々、大学生の時も大した意味があるわけでは無かったが、上述でも少し触れた通り、なんとなく何者かになりたいとか、変な高揚感や特別なことをしている感はあった。
大学生で荷物を積んでたり、野宿をしていたりすると、色んな方に話しかけてもらったり応援してもらったりと刺激もあった。
しかし、41歳となると自分が何者か(もしくは何者でもないか)は大体分かっている。そして世の中の広さを知り、日本一周がそんなに特別なこととも思わなくなっている。荷物も最小限に絞り、普通に宿に泊まるつもりの41歳のおっさんには大した応援もない。
日本の各地にもそれなりに旅行や出張にも行っており、まだ見ぬ景色に出会う、というやつもあまり期待できない。
(これはあくまでも自分の場合であって、他の四十路の方はもっと興味のアンテナが立っているのかもしれない)

じゃあなぜ行くか。
おそらく、達成する機会を失うのが怖いからだ。
この長期休みを利用してやらないとおそらく時間的にも体力的にも、再スタートする機会がなくなる。多分、今回は東京あたりに到着できれば、その勢いで来年も3日程度休んで仙台までやってみよう、とか思える気がする。なんとなく北海道まで行ける気がする。
ただ、このタイミングを逃すと次のタイミングは満50歳の10年後かもしれない。北海道まで行ける気がしない。爺さんになった時に後悔の気持ちを持っていたくない。もしかしたら今後何か違う思いが生まれるかもしれないが、現時点では、「後悔したくない」に尽きる。
このNoteについて
仕事の予定次第でズラすかもしれないが、旅は早ければ5月後半で考えている。つまりあと2ヶ月しかないかもしれない。
そろそろルート・持ち物・体力、それなりに備えていく必要がある。
しかしながら、全くといっていいほど準備をしていない。このNoteでは準備することを書いていく。他の人が見るかもしれないというだけで、真面目に考えて行ける気がする。
そして今年はせいぜい東京まで行けたらいいと思っているが、ここで書き続けることで来年以降も続けやすくなるだろう。
また、この旅をきっかけに自転車に限らず、新たな習慣を作っていければと思う。広義の意味での、おっさんの再出発だ。
という理由で始めてNoteを始めてみた。
よろしくお願いします。
