一本の弦がつないでくれたもの
久しぶりに大手の楽器店へ足を運び、ギターの弦を眺めていました。
壁一面に並んだ弦を見ていると、以前より価格が上がっていることに気づきました。私は普段、弦のほとんどを通販で購入しています。それでも店頭の価格が気になり、いつも使っている弦を見てみると、一セットあたり約1,000円ほど高く並んでいました。
ギターの弦に適正価格というものがあるのか、私にはよく分かりません。ただ、この数年で価格が大きく変わったことだけは実感します。食料品や日用品と同じように、弦も少しずつ値上がりを重ねてきました。
細い一本の弦から、いつもの音が生まれます。その音は、妻と過ごす時間を支え、私たちの暮らしを彩ってくれる大切な存在です。弦を張り替えるたびに、新しい音とともに、また二人の時間が始まるような気持ちになります。
それでも、家計を考えれば優先するのは日用品です。私はプロの演奏家ではありません。暮らしがあってこそ、音楽があります。その順番は、これからも変わらないと思っています。
店頭に並ぶ弦の値札を見ながら、遠い国で起きている出来事も、決して遠い話ではないのだと感じました。中東情勢をはじめ、世界のさまざまな出来事は、巡り巡って私たちの暮らしや物価にも影響を及ぼします。一本の弦の値段にも、そんな世界の動きが映し出されているのかもしれません。
以前は、弦の値上がりを見ても「仕方がない」と思うだけだったかもしれません。でも今は、その一本の向こう側に、世界と暮らしがつながっていることを感じます。
店を出てもしばらく、弦の値札が頭に残っていました。
けれど、その隣には、妻と音を重ねる時間の大切さも、同じように残っていました。
これから先も、一本の弦を大切に張り替えながら、「いただきます」と言える日々を何より大切にしていきたいと思います。その日々の中で、音楽もまた育っていくのだと思います。
