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Vol.25【農地法の壁】1000万円握りしめても「農地」は買えない。素人の夢を粉砕する日本のリアル

こんにちは、ビーヅクリです。

ある日の夜。いつものようにスマホでSUUMOをスクロールしていた時のことです。

見つけた。

広さ、約5000m²。 長閑な田舎感がありつつも、道路にしっかり面している。 高速のインターからも近く、集客には文句なし。 建設中のBESSの家からも、車でたったの15分。

まるで、ブルーベリー観光農園のために用意されたような土地でした。

前回の記事で書いた通り、役所を何軒回っても農地は借りられなかった私は、「借りられないなら、買うしかない」と腹を括り、毎晩不動産サイトを血眼でスクロールし続けていました。BESSの家の完成まで、あと1年。時間は圧倒的に足りない。そんな状況の中でこの土地を見つけた時、私は確信しました。

「これだ」と。

価格は、1000万円。

素人の私には、あまりにも痛すぎる出費です。妻にも「本当に大丈夫なの?」と何度も止められました。当然です。でも、私は腹を括っていました。「日本を再起させる大人になる」と決めた人間が、ここで引き下がるわけにはいかない。

「買う。もうこれしかない」

この時は、完全に道が閉ざされたと思い込み、「もうこの道しかない」と視野が狭くなっていました。もう少し冷静に自分を見れれば良かったのですが……。


プラントエンジニアの「本気のプレゼン資料」

当然ですが、1000万円で土地を買っても、そこで観光農園ができなければただの巨大な空き地です。

だからこそ、私は「プラントエンジニアの腕の見せどころ」だと思いました。役所(農業委員会)を論理で納得させるための、完璧な事業計画書を作ることにしたのです。

数億円規模のプラント案件を動かしてきた私が、本気で書いた資料です。観光農園をやりたい熱い理由から始まり、ブルーベリー市場のマクロデータ、地域経済への波及効果、農園の全体配置計画図、緻密な売上計画と損益分岐点の試算、立ち上げまでのマスタースケジュール、10年後までの長期ロードマップまで。

A4で何十枚にも及ぶ、我ながら圧巻の資料でした。

これを脇に抱え、私は自信満々でつくば市の農業委員会へ乗り込みました。


1000万円払っても、あなたのモノにはならない」

窓口の担当者に分厚い資料を広げ、私は熱く語りました。

私「つくばでブルーベリー観光農園を、この土地でやりたいんです。農地として購入して、転用することはできますか?」

担当者は資料をパラパラとめくり、静かにこう言いました。

役所「……まず、農地を転用目的で購入する場合は『農地法第5条』の許可申請が必要です。ただし、農業施設として使うなら3条の場合もあります。観光農園に関しては、施設が建てられるかどうかについては『開発指導課』にも確認してください」

私「申請すれば、観光農園ができるということですね?」

役所「農地法の許可が下りなければ、所有権の移転は発生しません」

私「……え? 自分のお金で買ったのに、自分の名義にならない可能性があるということですか?」

役所「はい。許可が下りなければ、法律上の効力が発生しませんので、買ってもあなたの土地にはなりません」

一瞬、思考が止まりました。

1000万円を払って買っても、所有権が自分に移らないことがある。それが、この国のルールでした。

混乱した頭のまま、言われた通り「開発指導課」へと向かいました。そこには、さらなる現実が待っていました。


「建物は、一切建てられません」

私「つくばでブルーベリー観光農園を、この土地でやりたいんです。施設は建てられますか?」

開発指導課「この土地は『市街化調整区域』ですね。建物を建てるには開発許可が必要ですが、つくば市では観光農園に関する許可基準は設けていません」

私「えっと、つまり……できるんですか?できないんですか?」

開発指導課「市街化調整区域で建築が認められるには、例えば周辺に一定戸数以上の建物が連たんしているといった条件(都市計画法第34条11号)を満たす必要があります。お調べしたところ、この土地は該当していません」

私「…………」

開発指導課「よって、受付のプレハブも、お客さんが使うトイレも、建物を作ることは一切できません」

観光農園をやるのに、トイレも建てられない。

自分のお金を出しても、所有権が移るかどうか分からない。無事に買えたとしても、建物が何一つ建てられない。

これが、日本のリアルでした。

耕作放棄地がこれだけ社会問題になっているのに、よそ者がその土地を活用しようとすると、農地法と都市計画法が鉄壁となって立ちはだかる。

「そりゃみんな、農業なんてやらないわ……」

頭では理解できます。農地を無秩序な開発から守るための仕組みだということは。でも、もう少し臨機応変にできないのかと、素人の私はただただ打ちひしがれました。
あれだけ本気で作ったプレゼン資料は、一切関係なかった。「ルールですから」の一点張りが、すべてを無にしました。

再起させる大人にならなければいけないのに。スタートラインにすら立てない。


太陽光パネルの業者は、どうやって農地を見つけたのか

借りるのもダメ。 買うのもダメ(買えても建物が建てられない)。

「……他に方法はないのか」

脳みそがちぎれるほど考えました。
その時、ある光景が頭に浮かびました。茨城の農村を車で走っていると、あちこちに太陽光パネルが並んでいます。あの業者たちは、農地を転用してパネルを敷いている。つまり、農地法の許可を取って動いている。

あの人たちは、いったいどうやって農地を見つけたのか。次に役所を訪ねた時、私はさりげなく聞いてみました。

私「太陽光パネルの業者は、どうやって農地を探しているんですか? やっぱり役所が紹介しているんですか?」

役所「ああ、彼らですか。農家さんを一軒一軒、自分の足で回っているんですよ」

私「農地の所有者が誰かも分からないですよね? どうやって見つけるんですか?」

役所「だから、一軒一軒、自分の足で回っているんです

……そういうことか。

農地を探すというのは、ネットで検索してお金を払えば終わる話じゃなかった。スーツを着て農家を一軒一軒飛び込み訪問して、話を聞いてもらって、信頼してもらって、初めて「貸してもいいよ」になる。
それが、農地の世界のルールだったのです。

最初の窓口で言われた言葉が、ここへ来て重くのしかかってきました。『農業学校に通って、信用を作って探すしかない』

信用。

農業の世界で土地を手に入れるための唯一の通貨は、お金ではなく「信用」だったのです。でも、平日は都内で会社員をやりながら、週末に茨城の農家を一軒一軒飛び込んで回るなんて、物理的に不可能です。農業学校に3年通う時間もない。BESSの家の建築も進んでいる。

八方塞がりの暗闇の中で、私に残されたカードは、あと一枚しかありませんでした。

『現地に住んでしまうしかない』と。
『住んでしまえば、心意気は買ってくれるかもしれない』

次回、エベレスト級の壁をぶち壊した「ある奇跡の出会い」についてお話しします。

もし今、あなたが「正攻法では絶対に無理だ」と感じている壁の前に立っているなら、この続きはあなたのための話でもあります。 もし少しでも面白い、興味深いと思っていただけたなら、ぜひ「スキ」と「フォロー」をお願いします。皆様の応援が、私の開拓の原動力です。

いつも最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!

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