【感想文】『君と考える戦争のない未来』(著:池上彰)どの面さげて言ってんだ、と思っても
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『君と考える戦争のない未来』(著:池上彰)

私が子供だったころ、戦後50年の節目として戦争体験者の話を聞いたり自分たちで戦争について調べるなど学校でもさまざまな取り組みの授業がありました。感受性の鈍い小学生だった私にとって「50年前の戦争の悲劇」は「歴史の授業」でしかなくて、聞いても調べても実感は沸かず遠い昔の出来事だと思っていました。
成長するにつれて色々な歴史やニュースを見聞きして「世界は遠い昔に戦争をしていた」のではなく「世界は今も戦争をしている」のだと気付いた時にショックを受けたのですが、本書を読んであの時の感覚を思い出しました。
そもそも戦争とはなにか、どうして戦争が起こるのか、古代ギリシャ、十字軍、元寇といった大昔の戦争の歴史を解説していくところから始まっていき、やがて二回の世界大戦についての解説へと進んでいきます。
読み始めて最初のうちは「戦争はしてはいけない」ではなく「戦争は負けてはいけない」ではないのか? と感じました。勝てば多くを得られるが負ければ多くを失います。古代の戦争でも負ければ土地を奪われて国が滅び、そこに生きていた人々も苦しみを負う。いくつもの国が生まれては消えて歴史が続きます。戦争は避けようが無いのだし、戦争に備え、勝てるようにするのが重要ではないのか?
今も国連の常任理事国はかつての戦勝国が占めているわけで、勝てば官軍の原則は今も昔も変わらないじゃないか、と思ったことも正直に書いておかないわけにはいきません。
しかし、読み進めていくうちに考えの浅はかさに気付かされます。仕掛ける側、仕掛けられる側のどちらだろうと勝つつもりで行動しますが計算通りに戦争が進むのなら苦労はしません。
日本だって日露戦争、日清戦争と戦勝国でしたが太平洋戦争では一転して敗戦国になりました。この時、開戦を決断したのは政府であり軍部ですが、開戦を後押ししたのは多くの日本国民です。メディアの扇動があったにせよ「戦争を起こさないことよりも勝つことだ」なんて考えていた人々が多くいたのでしょうね。「戦争を起こすべきでない」という良識のある人は「非国民」として排斥されて。
これは本書を読んだあとに調べて知ったのですが、開戦前に「総力戦研究所」という機関で日本の経済力で戦争を始めた場合にどの程度の勝算が見込めるか検討したそうです。総力戦研究所は「二年は抗戦できるがそれ以上は厳しい」との結論を出したのだとか。戦えたとして二年が限度で、開戦前から勝ち目は薄いと識者たちが研究結果を出していたにもかかわらず、軍部は開戦を強行しました。
結果として日本は負けました。第二次世界大戦の死者数は世界中で5000万〜8000万人とも言われています。大勢という言葉が霞むほど大勢の命です。
負ければ多くを失うのではなく、戦争が始まってしまえば勝敗と関係なくたくさんの人が死ぬ。そんな当たり前の視点が欠けるほど私にとって戦争とは現実から縁遠い概念でした。今も戦争は続いていて亡くなる人がいるというのに。
生まれた国が違うから死んでも良いと思えるでしょうか? 誰かの子供や誰かの親が殺されるのを戦争だから仕方がないと納得できるでしょうか? できるわけがありません。
では、どうすれば戦争は起こらなくなるのか?
本書の優れている点は著者の「答え」を押し付けるのではなくて、戦争を起こさないための「行動」は何が必要なのか読者に考えさせるところにあると思います。『君と考える戦争のない未来』という題の通りです。
答えのない難問を突き付けられると自分の考えが正しいのか不安になり、誰かが提示してくれるわかりやすい言葉を自分の答えにしたくなります。ですが、考える行為を放棄して他人の言葉に安易に飛び付くのがどれだけ危険なことか。強い言葉で人々を扇動する連中が戦争の時に何をしてきたか。だからこそ本書は「どうするべきだと思いますか?」と問いかけてくるのでしょう。
どうすれば戦争はなくなるのでしょうか。
考えて、4つ思いつきました。
ひとつめは、世界から貧困をなくすこと。まるでSDGsのようですが。
もしも私が貧しい国の独裁者だとしたら、どういう状況なら戦争を仕掛けてやろうとするかを考えました。自分の国には食べるものや飲み水もない。資源もない。周辺には豊かな国がある。輸入に頼れるようなお金もなく、一切の援助も受けられない。それならどんな理由をつけてでも奪い取ろうとするでしょう。狙う国やその同盟国よりも強力な軍隊を用意しなければなりませんが、大国に匹敵する軍備なんて簡単ではありません。可能なら核を持って、邪魔をするのならいつでも撃てるのだと牽制してから他国を侵略します。
でも、どこかの豊かな国が自国の発展と安定のために資金や物資の援助をしてくれたら戦争を仕掛ける理由がなくなります。自国が安定し、発展したなら、利益を世界と分け合うビジョンを描けるかも知れません。つまり世界中から貧困と格差をなくそうというのは綺麗事や慈善事業ではなく、自衛のための現実的な手段なのだなと思いました。
では、私の行動で世界から貧困をなくせるでしょうか? もちろんできません。私の力はあまりにも小さく、できることなどほとんどありません。
ふたつめは、他者と良好な関係を築くこと。
他者、と曖昧な書き方をしましたが日本で暮らす外国人です。知らない国の言葉で話している集団をたまに見かけますが、何を言っているかわからないのはやっぱり怖いなと感じます。移民政策で治安が悪化した国の話も耳にします。日本でも外国人の排斥が話題になりますし、当然のように日本人ファーストなどという言葉を掲げる人もいます。
そういった風潮に屈せず、あらゆる人にレッテルを貼らず、差別をせず、人の善悪を行動で見極め、誰とでも良好な関係を築くように努力をする。
差別され、迫害されて育った子供が大人になり権力者にでもなったとしましょう。他者は敵、力で屈服させなければ自分がやられると学んだ権力者が戦争に反対するとは思えません。私がその権力者なら敵を排斥してでも自分たちを守ろうとします。
ひとりひとりが他者を尊重し、良好な関係を築けるように努力をし続けていけば、世界から争いは減っていくのではないでしょうか。
とはいえ、同じ文化で育ち似通った常識を持つ日本人同士でさえ争うのに、違う文化と異なる常識・言語の人たちと信頼関係を築けますか?
私が過去にトラブルになった相手は全員、日本人です。日本人同士で揉める私が誰ともでも良好な関係を築こうだなんて偽善もいいところ、どの面さげて言ってんだと思います。
だいたい私は戦争の苦しみなんて少しも考えていなかったし、ロシアとウクライナが今も戦争をしているのだってニュースで見て思い出すくらいです。そんな人間に何かを言う資格があるのでしょうか。では私以外の人には何かを言う資格があるのでしょうか。
歴史を紐解いてみましょう。
日本人は過去に一度も侵略をしなかったのですか?
アメリカ人が落とした爆弾で何人が死にましたか?
イギリス人はどこの国とどんな約束をしましたか?
ドイツ人が選んだ国のトップは何をしましたか?
中国人はいま何をしていますか?
ロシア人はどこで戦っていますか?
平和などどこの国の誰が言っても「どの面さげて言ってんだ」「偉そうにお前が言うな」の状態です。
言い出したらきりがありません。どこの国も加害者の側面を持ち、どこの国にも戦争の犠牲者がいて、どこにだって平和を望む良識ある人がいます。なので私も本書を読んでから、戦争のない未来はどうすれば実現するのかずっと考えています。「どの面さげて言ってんだ」と感じたとしても考えないわけにいきません。これから綺麗事を言います。みっつめは、綺麗事を言うのを恐れないこと。
世界から貧困をなくすため、貧困をなくすためにまず募金でもやってみましょうか。私のポケットに百円があったとしてもそれは百円の価値で変わりませんが、ポケットの百円が募金箱に入れば価値が変わります。世界中の恵まれない人々のために使われる百円です。月にひとりがたった百円でも寄付したとして、それが適切な場面で運用されれば百年でどれだけの利益になるでしょうか。
次に、他人と良好な関係を築けるように努力してみましょう。誰とでも仲良くしようなどという標語ではありません。ただ、国籍や言葉でレッテルを張って他人を排斥するような真似はしたくありません。
だいたい、「肌の色や生まれた国や使う言葉の違う連中に気をつけろ」などと子供たちに言えるでしょうか。自分の子供やまたその子供たちに、理由があれば他人を差別しても良いと言えるでしょうか。
そんな小さなことで戦争がいつかなくなるなら苦労はしません。苦労はしませんが、これがよっつめです。小さな一人の弱い力、わずかな一歩を否定しないこと。
多くの国で大勢の人が、二度と戦争を起こさないようにと行動を起こしているのに、いまだに地球から戦争は消えません。世界から戦争が消えるのが先か、それとも世界から人類が消えるのが先か、私にはわかりません。戦争に反対する個人が小さな行動を積み重ねれば十年後には世界から戦争はなくなるでしょうか? 難しいだろうなと私は思います。
ですが十年後には無理でも百年後には。百年で無理なら千年後でも。ひとりひとりが綺麗事を恐れず、戦争のない未来に向けて小さな行動を積み重ねていけば千年後には実現できるかも知れません。
綺麗事を否定せず、小さな行動を無駄と思わないこと。ひとりにできることなど限られますが、本書に書かれていて、もっとも感銘を受けた言葉を紹介します。
「私たちの力は微力だが無力ではない」
本書は、誰もが読むべき一冊だと思いました。
戦争のない未来に生きるのは私でも私の子供でもないかも知れませんが、いつか遠い未来で戦争が世界からなくなれば良いのではないでしょうか。世界中の子供たちが戦争という言葉を「歴史の授業」でだけ使う言葉だと感じてくれたならいいなと思います。

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また新しい山に登ります。
