京都府と滋賀県は別の国だったのか

 既に歴史学の多くの先学が明らかにしている通り、律令時代の日本の国土は大きく畿内と七道諸国に分かれており、それを象徴するかの如く郡司層に与えられた位は外五位のような「外位(げい)」でした。

 位階や畿内・畿外区分については詳細は野村忠夫氏・早川庄八氏ら諸先学による優れた研究に譲りますが、奈良・平安時代の日本人にとって、五畿の外は別世界のように区分されていました。今の福島県から青森県までを包摂する陸奥国と、今の滋賀県に相当する近江国が同じ「東山道」に区分されています。

 これ、今の日本人の価値観から考えたら、驚くべき地理区分です。滋賀県から東北地方までが同じ「東山道」、これすなわち「同じ地方、同じ地域として位置づけられている」ようなものです。

 譬えが正しいか否か解りかねますが、宮城県出身の山川宇衣さん(櫻坂46第4期生)とに武元唯衣さん(櫻坂46第2期生)を同じ地域・同じ地方出身のアイドルとして扱うようなものです。仮にもし、テレビ東京『そこ曲がったら、仮に櫻坂?』で山川宇衣さんと武元唯衣さんが、「私達は同じ東山道地方出身です」「同郷です」等と語れば、恐らく多くの櫻坂ファンが驚いてしまうでしょう。

 なお、当時の国土観・地理認識の一端を『古今和歌集』(小学館から刊行された『新編 日本古典文学全集』11巻に依拠)所載の和歌にも見出せます。

 『古今和歌集』巻第八「離別歌」には「小野千古が陸奥介にまかりける時に、母のよめる」と前置きされた歌が記録されています
 
 〇たらちねの親のまもりとあひそふる心ばかりはせきなろどめそ

 また、その次に「藤原清生が近江介にまかりける時に、うまのはなむけしける夜、よめる」として、以下の歌が記録されています。

 〇今日別れ明日はあふみと思へども夜やふけぬらむ袖の露けき

 陸奥国(東北)へ赴任する際の送別歌と、山城国(京都府南東)の隣に位置する近江国(滋賀県)へ赴任する際の送別歌隣合せに配置しています。なお、東山道は近江に始まり津軽海峡沿岸まで続きます。

 幾分単純化して申しますと、当時の日本人殊に官吏にとっては、陸奥国も近江国も、まさに外国・別世界のように認識されていたのでしょう。近隣である筈の山城国(京都府)と近江国(滋賀県)が別世界で、遠隔地である筈の近江国と陸奥国(東北地方)が同じ地方…‼


時代が変われば国家観も地理認識も異なりますね…

※より正確な法制史的政治史的な研究をご希望の方には、大学図書館・公立図書館で専門書をお読みになられる事をお勧めします。

 最後までお目通し頂き有難う御座いました。

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