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カフェオーレの初恋

目があった瞬間、当たってしまった。
隕石だ──と思った。

どうしたって、胸の奥で乱れる鼓動だけはごまかせない。目があうだけで体の奥がじわりと溶けるような、身を焦がすような感覚。

これは、大人の入り口に立ったわたしをくすぐった、初恋のはなしだ。



あの人と会えるのは、歴史の授業中だけだった。
チャイムと同時に少しだけ教室のドアが開いて、隙間からゴツゴツした手が伸びたかと思うと、そのまま一気にドアが開く。

ぼさついた髪。口元はだらしなく開き、ジャージ姿で首をひょこひょこさせながら歩く姿が愛おしい。

「なんかにわとりみたいじゃない?」

隣の席のあやちゃんがコソッと耳打ちしてくる。

「たしかに」

少し滑稽な雰囲気が印象的だった。同時に、好ましい造形であるな、と感じた。

一目惚れって隕石なのだ。「顔だけで好きになる」だなんて、あるわけない。

ずっとそう思っていたけれど、違う。造形や雰囲気をとらえた瞬間、逃れられなくなる運命なのであって、まったく避けようがない。

教科書を読みあげる声から、煙草とコーヒーの匂いがたちのぼる。同じ空間にいるだけで、心臓が喉を突き上げてくるほどに苦しい。知らない感覚であるはずなのに、この恋が深くなってしまう確信がある。「好き」というただの音の連なりが、たしかな質感を帯びていく。

もし目があってしまったら──

考えるだけで、小隕石の雨。こんなことでは身がもたない。その日からずっと、ノートに落ちるシャープペンシルの影を凝視するふりをしながら、あの人の目線から逃げ続けた。


教室で顔をあげられない分、職員室に用事があるたび、あの人の席を探した。視線の先にはいつも、マイルドセブンの箱と、マグカップにたっぷりのコーヒー。あの人の分身のように、それらを愛した。

まだ職員室に喫煙室があった時代だ。あの人はいつも、自席ではなく喫煙席で煙草をくゆらせていた。煙草もコーヒーも馴染みのない香りであるはずなのに、あのほろ苦い香りに抱かれてみたいと強く思った。ゴツゴツした手で触れられるマイルドセブンに嫉妬し、あの人の喉を潤す漆黒に憧れた。


煙草に手は出せなかったけれど、コーヒーならば、わたしにもチャンスがある。職員室ではマグカップだったが、あの人の車にはいつもグリコのカフェオーレが乗せられていた。

「先生いつもそれ飲んでるよね」

言えずに、他の生徒が茶化すのを聞きながら考える。

生乳50%。
ブラックじゃないのが救いだ。これならいける。
合法的に彼と同じ世界を感じられる扉は、ひらかれていたのである。

スーパーで、コンビニで、煌々と棚に鎮座する茶色のストライプのチルドカップを見つけるたびに、あの人と目をあわせているような気がして頬がほてった。

合法的に、とはいうものの、しかしあの人が口づけ、あの人の体の一部になっていく液体と同じものを自分の体に注ぐのは、禁断の行為であるように思えた。あの人の唇がやさしく触れるストローに、自分が口付けていいものだろうか。カフェオーレをわたしの体いっぱいに満たしたら、この気持ちに気づかれてしまうのではないだろうか。全身香るわたしの一部に、あの人がそっと口づける──その姿を想像するだけで、喉が焼けるように乾いた。


やっぱりだめ……とカフェオーレを棚に戻す。ほしいけれど、触れられない。触れたいけれど、まだ早い。あの人は大人で、わたしはどうしようもなく子ども。その事実が、つらかった。


そんな恋もあったなと、懐かしく思い出したのは、コンビニのチルドカップコーナーを眺めていたときである。

ふと、思い出のカフェオーレが目に入った。記憶していた茶色のストライプが消えたデザインだけれど、たしかにあの商品名だ。あの人が好きだったコーヒーの味を、わたしは結局知らないまま、大人になってしまった。

もしかしたら別の商品かもしれない……と疑いながらも、思わず手にとる。もう、20年以上昔の恋なのに、一気にあの人の記憶がよみがえって、くすぐったい。


棚には戻さずレジに向かい、ストローを刺して一口。

「あまっ!」

思わず声が出た。舌が痺れるほどの甘さだ。
これが、あの頃焦がれた、あの人の味。


一口、二口と飲み進めるうちに、なんだかおかしくなって笑ってしまった。大人だと思っていたあの人は、案外子どもっぽい味を好んでいたのだ。漆黒に見えたマグカップのコーヒーにも、砂糖がたっぷり入っていたんだろうか。


おかしみと一緒に、あの頃の恋が、喉を静かに潤していく。180mlを飲み切ってしまったあと、カバンから水筒を出して、喉にまとわりついた甘さを洗い流すように水をのんだ。スッキリとしたのは束の間、すぐに甘い感覚が戻ってきて、わたしはもう一度笑う。

このまま覚えておこう。あの人が好きだったこの味を。溺れるほどに恋をした3年間を。甘くて、少しだけ苦くて、やっぱり甘い、隕石のような恋の味を。





#なんのはなしですか
#なんのはなしです珈

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