大阪から沖縄へ居候生活4:バナナ入刀

大阪から沖縄の、やんばるの森の中で居候生活を初めた私のすぐ後を追うようにして台風がやってきた。そういえば前職についた直後にコロナ禍が始まったし、それが一応落ち着いたのでと久しぶりに台湾へ旅行した時も、現地で季節外れの台風に襲われ、帰りの飛行機が飛ぶか飛ばないかの事態に見舞われた。ごくごくたまにしかない、ここぞというときに嵐に出くわすのは、日頃の行いを見直せという警告なのだろうか。
母上の家の周りは二重に林に囲まれていて、外側は防風林のようになっており、その木の枝が直角にしなっていても、家の周りはびっくりするほど静かだ。また新しい台風が近づいていて、昨夜はごうごうという音を聞きながらどんな嵐になるのかと気にしていたが、それよりもお隣で飼われている鶏の、午前3時の雄叫びの方がずっとやかましかった。
とはいえ何も対策しなかったわけではない。今回は、一房だけ実をつけていた庭のバナナを収穫した。
沖縄ではバナナを栽培し、それを売ってビジネスにするのはとても難しいことなのだそうだ。というのも、台風で強い風に煽られ木がなぎ倒されると一巻の終わりで、その年の収穫はゼロになってしまう。一方で庭にバナナの木がある家は多く、沖縄ではバナナは買うのではなく、庭に実っているのを食べるのが習慣らしい。
母上はもともとバナナが好きなわけではなかった。しかし沖縄に移住してすぐの頃、頂いた島バナナの美味しさに感動し、早速バナナの苗木を知り合いから分けてもらって庭に植えた。気づくと立派なバナナの木がそこここに聳え立ち、3年前にたくさんの大きな実をつけた。
しかし今年はほとんど花が咲かず、実ったのはたったひと房だ。
だからその貴重なバナナをなんとしても我らが口に運ぶために、母上は私に命じて脚立とノコギリを用意させた。母上の庭のバナナの味はもちろん知っている。私は塗っていた最中の日焼け止めを放り出して倉庫に走り、言いつけられた道具を担いてバナナの木の元に馳せ参じた。
バナナの収穫なんて初めてだ。収穫にノコギリ?と首をかしげていたが、茎を見て納得した。直径5センチほどの太い茎の先に、10センチほどの長さの小ぶりなバナナがライオンの立て髪のようにぐるりと一周実っていて、それがなんと三段重ねに並んでいる。
私はぎごちなく脚立に登り、左手で茎をつかみ、ノコギリをそうっと当てた。厳かな気持ちで慎重に入刀する。私は結婚式を挙げたことが無いのでケーキ入刀の経験はないが、もしかしたらこんな気持ちになったのかもしれない。
茎は思ったより軽く、ノコギリは軽やかに進んだ。切り終えた、と思った瞬間、掴んでいたバナナの房の、想像以上の重みに思わず取り落としそうになった。私は慌てて茎を握る手に力を込めた。大惨事は免れた。
収穫したバナナを両手でそうっと抱え、キッチンに戻る。
「便利なものがあるのよ」と母上が取り出したのはバナナスタンドだった。ぐるりと3重に実った、ずっしり重いバナナは三段重ねのケーキに見えなくもない。このバナナが熟したら、カットして凍らせて、牛乳と一緒にミキサーにかけてスムージーにするのよ。でも久しぶりにバナナケーキも食べたいわねえと母上は言う。私は料理が苦手だが、久しぶりに焼いてみてもいいなと思った。




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