スキなんか押さんでよろしい(笑) 楢山節考の地平にみる、わ・た・し
朝から秀逸なる原稿にふれ、我が創作の筆先は落ち着きを忘却の彼方へと吹っ飛ばしてしまったようである。創作に向き合う前になんとしてもこの原稿に始末をつけておかなくば気持ちが悪い。居心地が悪いのである。
さて、『楢山節考(第一回中央公論新人賞受賞作)』敢えて書くまでも無く知る人ぞ知る昭和を彩る傑作に相応しい一本。内容はLinkの福田氏の手による「福田の文芸倉庫」の原稿を参考にして頂きたい。ここではこの楢山節考の主題でもある「老い」をわたし目線からその地平を考えてみる。
要は、「姥捨て山」の話しなのだ。今の時代であればジェンダーバイアス。ジェンダーギャップとしての存在感を確かならしめる「姥」という漢字が当てられていることは見逃すことの出来ぬ処でもある。
老女、いや女老と書いて「姥」。
日本中そこかしこにこの伝承がある。口減らしという名のもとに「役」に立たなくなった人間を山へと捨ててくる。北海道弁でいう処の「ぶん投げてくる」のである。
が、伝承として今日伝わるこの「姥捨て伝承」は実に老獪であり、潔さを感じさせてくれるものとなっている。『新しい』のだ。今に至って考えるとこれぞ新しい社会の有り様ではないのか。機知に富み新しい日本の有り様を考える上で有益なのではないか……そう思えてくる。
58歳を境に住む場所を変えさせるのだが……(笑)
『UBA New Town見学会』
「はい、ご苦労様でした。あなたは今日からこの橋の向こうに移動です。戻ってくることは出来ません。息子さん、お孫さん、ご家族との面会はコミュニティーエリアで月2回まで面会が出来ます。あなたが鬼籍に入られた際、遺族のみなさんは墓地エリアでお参りできます。はい、実社会における定年退職のようなものですね。いえいえ、それは出来ません。現役世代の住むエリアからの援助をはじめとする如何なる社会保障も受けることは出来ません。あなたは今日からこの赤い橋のむこう側の住人なのですから~どうですか、良い眺めでしょう。北に山あり南に龍門が開く、これぞ背山面水の吉相なる地形。長生きしてくださいね。なお、アチラで築いた資産・財産は凡て浄財として没収です。その代わり、借金は令和徳政令というお試し期間の今、チャラですチャラ(笑)お得でしょう ? 」と。
これは別に『楢山節考』の二次創作ではない(笑)
福田氏の原稿にコメントを寄せているが、わたしは「世一の楢山節考」を二次創作として早晩書くことになるだろう。その際は、石が飛んでくることを覚悟して書くことになるのだろうが(爆)
※尚、福田氏も二次創作を閃いたようなので、これは楽しみにしておきたい
さて、わたしが若い頃に添乗員をしていた時分に仕入れたお話だが……
九州の大分県地方のお話だったはずなのだが。ここの姥捨て伝承は実にオモシロかったと記憶している。
爺山、婆山という二つ山あり。爺山は爺が自ら登る山であり、婆山は、婆が自ら登る山である~という話し。
ここで考えてみるべきことは2点である。
・自ら登るという点
・ジジババで山が違うという点
本稿にお運び頂けた皆さんに於かれてはどの様に感じられるだろうか。
世一の場合だが、自ら登ることにはなんらの躊躇は無い。しかし、ジジババで登る山が違うというのは戴けない。つまらぬ。行間が真空で埋まらぬ。
爺ばかりのなか「あの頃はねェ~」と鼻から鼻毛を出した爺の蘊蓄なんぞ聞きたくもない。挙句が朝から洗顔、化粧水、眉毛をかく爺など真っ平だ ! !
まぁ、向こうに"その山"が見えているのなら、ヤバイ夜這いのひとつもかけるのだろうが。
了
