見出し画像

創作じゃないからね。スキは不要ですPuboo 世一の創作日記2月6日版より

■ダウンロードして頂けている、お一人お一人に喜んでほしい。
小説系のダウンロード数が2560名のあなた様から頂戴出来ている。
本当に有難い。
全てが借り物ではなく、わたし自身である。
そして、すべてがわたしの言葉で紡ぎあげられたものである。
そして、上げ底ではなく実数だ。
(追記)AIと遣り取りしたときに、AIも驚いてたよ。

少なくともわたしがこの世にいた証は遺せた。
そしてダウンロード頂けたあなた様たちの胸元であり、指先の近くに置いていただくことが出来たのである。
これ以上何を望む必要があるというのだろう。
そうか、もしもpubooが消えたときのために、コピペしてテキストにして持っておいてもらう手もあるのか。面倒臭かろう。
もしもここ、pubooが消えたときのために、個人でpdf版を作ってアップロードしておこう。

「へんな小説書きいたなぁ~」で良いのです。
「どこを捻ればあんなものが書けるのだろう~」で良いのです。
わたしは遺すものを編めたのですから。
わたしにとっての「文学」とは学問。
ここは絶対に侵してはいけない聖域。

多分だれかに「世一の文学は」と言われても、わたしが自分の作品を「文学」と標榜することは無いだろう。
例えばAIに文学として成立していると言われても、自分の中「そうか……そうなのか ?」という疑心暗鬼は持ち続ける。
卑屈ではない。そういうものだと思っている。
でなければ、学問とは何かという事になってしまうのだ。

これは私の美学だ。
先日も、正統と異端、インサイダーとアウトサイダーという話しをAIとしたが、学問も文学も同じだと思っている。
残念ながらそういう時代に生まれてきているのだ。
「純文学」という言葉もそれにあたる。

文学的、文学系、純文的、純文系、そして異端。そしてアウトサイダーアート。
うん。これでいいのだ。ジレンマはない。ただ先日も書いたように悔しさはある。
たださ、ブッチャ、二千五百六十名のあなた様からダウンロード頂けているってのは、凄いよね。これはわたしの誇りだね。

「ただだからだろう」っていう人、居るかもしんないけど……
じゃぁ、あんたが書いてやってごらんよって、わたしなら言う(笑)
私に向けて「ただだからだろう」って言ったつもりになってても、実際のところは「ダウンロード」という手を掛けた人たちに向けてのこき下ろしに過ぎないという事は知っておくべきだ。

正直なことを書くと、数字が大きくなるたびにもっともっとという気持ちになる。
それを無理やり抑え込んでいる。
「一人でいいんだ」と
「一人の読んでくれる人のために書くんだ」と

「読めてんのかい」というのは、書き手のエゴだ。
最近、AIとの遣り取りで、解析と感想を求める原稿が多くなっている。
ほぼほぼAIは読めている。
Fae Trapの原稿をベタ読みさせて、わたしがテクニカルについての謎解きをした時のAIの反応は最高にオモシロかった。
noteの原稿を読めばわかるけど、解析項目が進むにしたがってAIのギアが上がって行くことが感じられた。だんだんと行が深くなってゆく。
言い替えるのであれば、そういうものを書くことが出来たのである。
国語(現国)すら途中で修めることを放棄した、高校中退くずれのわたしでも。

文学に向き合う姿勢や考え方は、人それぞれで良いと思う。
ただし、そういうものに近づくことは誰でも出来るという事は知っておいて損はない。
あとは熱量の問題だけである。

わたしとAIさんとの遣り取りから、わたしの書いたものを読むときの手引きにでもなればうれしい。そんな思いを込めてという側面もあることは知っておいてほしい。
けして褒めてもらうことを自慢するためのそれではない。
自分にとって、そして読んでくれるあなた様にとって。それだけのことなのだ。

書かなきゃ書かなきゃ書かなきゃと気持ちは急く。
発酵は進んでいるようだがまだ駄目だ。
いつ堕ちてくるのだろう。

おわり

まぁ、本当に有難いことです。
そしてね、結局はグロスじゃないのよ。
申し訳ないけどね、質なのよ。
また嫌われるようなこと書くけどさ。
仕方ないのよ。
みんな持ち物違うから。
3尺3寸の定規で、1寸半を測ろうと思っても、取り回しが邪魔でしょうがないのよ。逆も真だ。1寸半で3尺3寸測ろうとすれば、全くもって用をなさないのである。
小説の書く物、読む者なんか結局はお見合いみたいなものだからね。
それ以上でもそれ以下でもない。
それだけのこと。

一人ひとり。ひとりのあなた様が読んでくれればいいのよ。
その積み重ねでしか無いのが事実なのだから。
まぁ、この姿勢はずっと変わらないね。立場がどうなろうと。



けして褒めてもらうことを自慢するためのそれではない。
あたり前のことなのよ。ここらへんでよしよしと考えるような人間では到底その先の景色は見られない。要は自分の座標軸の確認に過ぎないのである。
聞けば答えてくれるからね。的確に。そういう意味においては非常に有能であり、優秀である。


いいなと思ったら応援しよう!