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歴史的意義と、見出すことができれば世界は変れる「大谷翔平とデーブロバーツという人間」

大谷翔平がデッドボールを受けた。

「伏線」という言葉が決して正しいとは思わない。寧ろ、ここで伏線という言葉を使う人間が「歴史的意義」について書くことにはアンチノミーが滲む。したがって、この原稿の存在感を担保するためには「ファンの思い込み目線」が基本路線であるとしなければならないだろう。証拠を上げられぬのであるから、思い込みでしか無いわけである。注意して読んでおいて欲しい。

 さて、その伏線は6/17に遡る。ドジャース対パドレス、因縁の一戦での出来事。
 ご存知のように、ドジャースサイドは大谷翔平のリハビリ登板の機会としてパドレスとの初戦を急遽選択、大谷翔平は663日ぶりにマウンドに立ち、一回表のリハビリピッチング。28球を要したものの、ヒット2本を含み、1点を献上したが順調な術後の回復ぶりをアピールすることとなった。

 ピッチャーを降板した後はMLB「大谷ルール」の適用で、DHとして打席に立ち2ヒット2打点を挙げる活躍。正に大谷にしか出来ない八面六臂の大活躍だった。試合は結局ドジャースの勝利だったが、この試合の中で、ドジャースのアンディーパヘスがデッドボールを喰らっている。

 パヘスはピッチャーを睨みつけ、スワっ!! 荒れるかとも感じられる危うい瞬間ともなったのだが、試合はとりあえず一見の落ち着きを取り戻していた。

 ここで、パドレス側の「思い」に立ってみることは翌日、即ち昨日18日の展開に考察を加える上で無駄にはなるまい。

 そもそもだ、パドレス側にしてみるのなら、仕上がっていないピッチャーのリハビリ登板の相手として選ばれたことに対する『不敬』の扱いは我慢ならなかっただろうことが予想される。

 興行的な理解を示すことは可能だが、パドレスホームでのことであれば興行的な意味合いも大きいことであるから、ある種「歓迎」出来ることではあるが、ビジターであり、そこに「お試し」ピッチャーを当ててこられたとあっては、「ナメテンノ ?」となることには寄り添える。
 ある意味「猿まわしと猿」の関係性である。

 本来、メジャーの投手の故障明け、復帰にあってはマイナーリーグでの調整を経、「一定程度仕上がった状況」での復帰登板となるのが常道。が、大谷翔平の場合、DHという立場もあり、マイナー調整が出来ないことから、メジャーでのリハビリ登板、復帰路線ということになっている。

 この試合、パドレス主軸選手側からの言葉として、対ピッチャー大谷翔平に対しては並々ならぬ思い入れがあったことが伝わっている。「なんとしても打ち込んでやる!!」と。
 それはそうだろう。それでなくとも因縁の戦い。そこに「おためし・リハビリ」投手を充てられて三者凡退とあってはプライドはズタボロになる。 まして、パドレス側の1番はタティスjr、2番アラエス、3番マチャドというラテンの血が滾った看板トリオ。石に齧りついて捥ぎ取った結果の1点だった。
 ただし、言わせてもらえば2本のヒットとも差し込まれ、押し込まれた「ラッキー」なヒットであり、パワーピッチャ-大谷翔平の順調な仕上がりを確認する上での大きな助けとなったラッキーヒットだったことは書いておきたい。

 この試合、パドレスが勝っていれば留飲も下げられたろう。しかしそうではなかったからフラストレーションも大きくなる。
 この日の試合後のパドレス、マチャド選手のインタビューからもそのフラストレーションの大きさが覗えた。
『もしも、狙ってぶつけるのであれば、それに相応しいスター選手がいる。パヘスじゃない。』と。

明けて18日

ドジャース対パドレスの第二戦

 ドジャースのピッチャーが、パドレスの先頭打者タティスjrにデッドボールを与えた処からはじまる。

 次の回の大谷翔平の打席の2球目。インコースを大きく外れたボールは右太腿を直撃。『あぁ!!』と大きな声をあげ、顔をしかめ、脚を引き摺り一塁へ。

 塁上では時おり痛がってはいたものの笑顔を見せ、一塁手アラエスと言葉を交わしていたが、寧ろ、アラエスの方が大谷の顔を見ていられなかったのだろう。伏し目がちだった。

 ただ、大谷翔平はデッドボールが来ることが予測できていたのだろう。デッドボールを受けることに覚悟を決めていたように振舞っているように見えた。

パドレスピッチャーは初球からインコース低めを大きくはずし、危なくデッドボール。二投目の球をぶつけている。
 これはある意味「予告デッドボール」である。

 必要だったのだ。投げる方も受ける方も「予告」が。

 これは、大谷翔平という選手に対するピッチャーからの「敬意」の表れでもある。「済まんが……ぶつけるよ。。。」

 大谷翔平がデッドボールを受けた後、一塁に向けて小走りするシーンがあるのだが、首を縦に「うんうん」と頷きながら走っている。

 わたしには、これは大谷翔平からピッチャーへ向けた「メッセージ」にしか見えなかったのである。

「予告を有り難う。大丈夫。僕は大丈夫だから、これで終わりだよ」と。

そうでなければ、予めの始末を終えてなければ塁上で笑顔を見せることは出来ない。

 大谷翔平の「うんうん」は、両チームに向けた「野球やろうよ ! !」というメッセージであり、野球を愛した人間の心が顕在化した一瞬だったのである。 

 救われたのはピッチャーであり、パドレスチーム選手一同であり、ドジャース選手一同、そしてスタジアムを埋め尽くした50000人を超えるフアン、テレビの前で観戦するファンだった。

 まぁ、大谷翔平を選んでぶつけて来ること自体、試合が壊れるような大事にはならぬとの前提が働いていたと考えることはあながち的外れではないだろう。

 ただ、ロバーツにすれば、大谷翔平の想いがチームに届くためには時間が必要だと考えていたのだろう。もちろん、警告試合が両チームに宣告された不条理感もあっただろう。しかし、それだけではないチーム内に「滾るおもい」「釈然とせぬ思い」のガス抜きをしなければ、チームが落ち着かない雰囲気を感じていたはずだ。

 その為には大谷翔平という選手を「チキン」にするわけにはいかなかった。

 大谷翔平が犠牲になり、試合を壊さず、野球をする環境を身を挺して護った人間を犠牲にすることは出来なかった。
 ロバーツが選択したのは、ガス抜きによるクールダウンが働く環境づくりだった。

ロバーツは自らの退場処分を引き替えに野球を護りチームを護り大谷翔平を護った。
大谷翔平は自らのデッドボールを引き替えに野球を護り、ゲームを護り、両チームを護り、ファンをも護り人間の尊厳をも護った。

この試合は後世、大きな転換点として語り継がれるべき試合であり、それは野球に留まらず、国際政治の世界において参考としてほしい試合である。
世界の指導者が、もしも大谷翔平や、ロバーツのような人間ばかりであったなら。

そう思いながら観た一戦だった。


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