書き下ろしショートショート「小説・尋常なる異常という日常」3340字
※ 一部、血にかかわる描写が続きます。弱い方はお帰り下さいますよう。また、心の病、こころを弱めておられる方にはお勧めできません。速やかに出口にお進みください。また、元気な時でも油断できません。むしろ書き手としても小さくない葛藤を抱きながらの上梓です。では、はじまりはじまり~
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う・に・い・く・ら、う・に・い・く・ら・・・・・・イチマンエン
う・に・い・く・ら、う・に・い・く・ら・・・・・・ニマンエン
うべー、今日の昼の売り上げさぁ、48000円もあったぞ。そのうち、デリの売り上げだけで32000円はデカいなぁ。
そんなにあったの ? デリで。やっぱ、雨降るとデリが伸びるよなぁ~
賄いでも食べ終わったのだろう。つま楊枝を咥え、煙草に火をつけたうべは紫煙を吸い込むと天を見上げ、大きく吐き出した煙を追う仕草をみせる。
続けざまに大仰にゲップをしてみせた口元の髭にはご飯粒がくっつき、なんとも間抜けな塩梅をみせていた。云うまでもなく、こんな姿は客には見せられるものではなく、街中で見かけたとしたら、女子供にいたっては、遠巻きにそして逃げるように、振り返り振り返り走り抜けてゆくはずだと思えた。
けして食べ物づくりを生業とした日本料理職人歴二十数年、某テレビ局の「料理の○人」から声が掛かった料理人のそれとは思えないのは当然のこと、この姿を見止めた客にそれを伝えたところで信じる者は皆無だろう。
うべー、どうでもいいけどさ、ボチボチ、サロン洗濯しろよ。余りにも汚いべ。
うん ? 汚い ? やっぱし汚い ?
それじゃぁ、客前に出られんべよ。替えのサロンは持ってないのかよ ? じゃぁ、取り敢えず、俺の使っておけよ。俺、休憩のときにサッと洗ってくるから。
有線放送から流れるMJQ、ミルトのヴィブラフォンの調べが外の雨音にシンクロを魅せる_________と、店の電話がその着信メロディーでぶち壊す。
「はいっ、デリー ! ! これで50000円ゲット~」
「あいよぉ~ ! ! 」
ありがとうございます、○○○○屋です。
最初にご住所から頂けますか ? はい。えぇ~大阪市西区○○崎~えぇ~、はい。ではご注文をどうぞ__________畏まりました。1590円になります。お味噌汁もついてますよ。それでは後ほど~
「うにいく一丁、イクラダブルで~」
「うにいく一丁イクラダブ~~ あいなぁ~」
客がいなくても、元気だけは良かった。
外は冷たい冬の雨が堕ちていた。時間は2時をまわっていた。ボチボチ、デリバリーの電話も止まるころだ。ランチで埋まっていた客席も凡て空席。
パソコンに向かい、顧客情報の登録を打ち込む。顧客ナンバー、日付、時間、性別、名前、住所、電話番号、注文内容、利用金額、注文回数、特記事項。
配達先の地図を確認する_______。
うべっ、ここアレだな、料理組合の裏にあるマンションだな……
料理組合って、あそこのあれかい ?
弟の"うべ"の手はデリバリーの料理を手早く作る。 手がとまることは無い。日本料理職人歴二十数年の手業が光る。兎に角、丁寧で早い。段取りの勝利なのだろう。なのにサロンは汚れていた。着るものも頓着をみせない。
「会議 ? バッカ野郎♬、会議で喋れるぐらいだったら料理人なんかやってるかい ! ! 」という使いにくさも板前修業時代にはあったようだ。
沸騰寸前まで温めた味噌汁を、ポットに流し込むとデリの準備は完了だ。
じゃぁ行ってくるわ
僕は自転車で出前に向かう。傘を手に、初冬の冷たい雨の中、今日、十数度目の出前に向かった。
【今日の売り上げは10万超えるな~】夜の予約から売り上げを逆算し、仕入れの計画を立てていた。
配達先は簡単に見つけることが出来た。マンション前には持ち主不肖のサドルの取り外された自転車が所在なさげに留め置かれ、場所柄に見られる荒んだ気配が弥が上にも治安への懸念を感じさせた。
【盗難防止かもしれないしなぁ。うちの自転車も帰るときはこうしておこうか】
ベージュの安っぽいタイルが貼り付けられた壁はところどころ剥げ落ち、マンション名のプレートの文字も塗装が剥げ落ちていた。
マンションの玄関内に入ると、正面右手には郵便受けが並んでいた。整然とという言葉からは程遠く、ポストの投函口の凡てから死んだ犬の舌のようにチラシがだらりとだらしなく顔を覗かせていた。
「ちらしは入れないでください」と書かれた注意書きがなにか申し訳なさそうに左に傾いている。

お、フラゴナールかよ、ブランコ掛けるかねここに。意味わかって掛けてんのかよ。それにしても……ロココの申し子も、こんな処で色褪せちゃっては仕方ねぇなぁ。
しかし、ロココもこうなると場末感を増す役にしかたたんな。本来は尋常ならざる存在感を感じさせるロココの巨匠の画だったはずが、今となってはあまりにも尋常すぎる異常な存在だ。このマンションの格を落とす…… いや、然るべく~か。
エレベーターホールのガラス枠の中には、色褪せ、変色したフラゴナールの複写画「ブランコ」が掛けられていた。西日がはいる玄関だった。画の日焼けが著しい。複写だから余計のことなのだろう。ブランコから、スカートの中、秘所をみせる女、左下の木陰からスカートの中を覗き見て歓喜する男。
左上には、天使が指先を立て、「シーっ」としている。
右後ろでブランコを揺らしているのが"彼女の旦那"だっていうのだから、モティーフとしては悪趣味であり、場末感の演出にはもってこいではある。
一見、見るだにおいては尋常な風景なのだが、その実異常。異常な日常である。
「間男と亭主とその嫁」てなタイトルにした方が風俗画としての存在感は高まっただろうに。
一階に停まっていたエレベーターに乗り込むと、独り言を呟きお客様の部屋の階をプッシュする。エレベーターが古いせいだろう。一度、大きく沈み込んでから上へと動き出す。
程なくエレベーターは小刻みに揺れながら3階で停まった。グラグラと震えながら扉があく。
正面右手からは料理組合の行燈やら提灯やら灯を堕としたネオンが見えた。大阪西の歓楽街。○島料理組合の一角だった。
呼び鈴のインターホンを鳴らすと、程なくして若い女性の声が応答する。
「まいどう○○○○屋でーす」
「…… ちょっと待ってください」の声。
鍵がはずされる音が聞こえる。
チェーンが外される音が聞こえる。
扉があいた。
「おまたせしま__________お嬢さん ! ! どうしたの ! ! 大丈夫ですか ! !」
「あゝ……うふふ…だい~じょう……ぶです」
玄関の三和土を真っ赤に染めるおびただしい血。
壁、廊下は云うに及ばず、目に入るところの凡てに血糊が付着していた。それも古いものではない。少女といっても大袈裟ではない彼女の腕からは、今正に鮮血がしたたり落ちていた。血は止まっていなかった。左手首付近を出どころとし、腕を伝い肘の先から流れ落ち、玄関に血だまりをつくる。
少女の右手の指先にはさまれた2枚の千円札に血糊がつかぬようヒラヒラとさせると、少女は「足りますか」と尋ねた。ピン札だった。
「はい。いま・・・おつりを・・・○○さん、大丈夫ですか ?」受付のときに聞き取った名前を告げる。
「お味噌汁が汚れちゃいけないので、外で入れますね。ごめんなさい。」
「あゝ大丈夫です。す…み……ません」
「救急車・・・呼びましょうか? 」
「大丈夫です。」
「ウニイクラ丼のイクラダブルです。病院に行ってくださいね」
「ありがとうございます」というと、玄関は閉じられた。
シュールだ。あまりにも。現実とは思えぬシュールさである。
嘔吐いた。僕はエレベーターホール脇の非常階段のところまで走ると、おもいきり嘔吐いた。鮮血をながしながら真っ赤なイクラを頬張る少女の姿を想像して嘔吐く_________。
【賄いを喰う前でよかった。胃液しかでやしない。さて、どうする。どうすることが正着か。】
エレベーターに乗ると自問した。
1階エレベーターホール。フラゴナールのブランコの前、携帯電話を手にすると110番をプッシュした。
「事件ですか緊急ですか」
「部屋で血を流している女性がいます」
「……はい……はい。では警察官を向かわせます。そこで待てますか?」
「はい。救急車も来た方がいいと思います」
電話を切るとフラゴナールに眼をやる。
アイロニーという言葉が頭の中流れる。
間男に恥部をみせている女は喜んでいるように見える。後ろでは亭主がブランコの紐を操る。あの紐が…… 。
ここは○島…… 日常の一コマなのか。尋常な少女が異常な中に身をやつし血を流す。
尋常な少女が出前を注文しただけなのだ。
異常な状況下で。
それが成立する日常ということに過ぎないのか。
_________紙一重……か。
了
