ラジオデイズ
”noteをはじめたきっかけ”
改めてちゃんと文章を書いてみよう、誰かに読んでもらおうと思ったきっかけの話。
文章を読むのが好きで、書くのも好き。
ラジオとかPodcastとか、人の話を聞くのも好き。
話すのも好き。
でもぼくが文章を人に見せる場といえば、基本的にはTwitter。
しかも本当に趣味の話しかしないから、何でも無いオタクの叫びを投稿するだけのアカウント。
たまーにベラベラ語ったり、お気持ち表明したり、そんな感じ。
ラジオ番組にメールを送ったり、好きな著名人にファンレターを送ったりはしたことが無い。
友達に送る手紙を書くときは全身全霊を注いでいるけど、その時くらい。
そしてぼくが話す場といえば基本的には友人とのファミレスと居酒屋。
友人との話題はいつも、趣味の話だったり社会を憂いたり、お互いの人生を語り合ったり、笑いすぎて泣いたり共感のあまり泣いたり、相手を想って泣いたりしている。
自分の話をするのが大好きで、ぼくはいつも自分が自分がと出しゃばって話をしている気がする。
それを聞いてくれる優しい友人もたくさんいるのに、ぼくは本当に人に弱音を吐くことができない。
自分の苦しみに鈍いせいで「助けて」の一言が言えない。
そんな自分に無自覚に過ごしていた日常の中、ある日突然体と頭が不具合を主張し始めてしまった。
突然熱がでたり、玄関で佇んだまま午後になっていたり、仕事ができなくなってしまった。
一度横になるともう起き上がれなくて、パソコンを開くことも疎かiPhoneを手に取ることすら難しかった。
楽しみにしていたはずの友達との予定があっても、家を出るのに3時間以上かかったりして、明らかに異常事態だ。
自分の身に起きている事実を友人に伝える事はできても、心配されるとヘラヘラしてしまって、大丈夫なフリをしてしまう。
いや、フリでは無くて、友人といる時は本当に大丈夫なのだ。
人といれば、ぼくは大丈夫なのだ。
それでもひとりでいる時間はもう本当にずっと泣いている。
楽しくテレビを見ていても、映画を見ていても、無意識に涙が止まらない。
何が悲しいのかも何が辛いのかも何も思い当たらないのに。
そんな時、とある配信ラジオを聞いていた。
ひとり、居酒屋のカウンターで軽くお酒を飲みながら。
そのパーソナリティはいつも視聴者からのレターにとても真摯に言葉を紡ぐ人で、それまでの回にぼくも何度も救われるような気持ちでいた。
心があたたかくなる言葉を話す人だった。
その時自分が何を考えていたのか、全く覚えていない。
ただ次の瞬間気が付いた時には、ぼくはその人に向けたレターを書いていた。
泣きながら、今のぼくの状況を文字にしていた。
カウンターで号泣しながら必死にスマホに文字を打ち込む成人男性を、周りはきっと異様な目で見ていたことだろう。
我に返ってからは、いくら辛い状況でもあんまり湿っぽくならないようにとか、暗い話がしたいわけじゃないんだとか、ただ少し、少しだけぼくに向けた言葉がもらえたらいいなと思いながら、文章を書いては消し、修正して、何度も読み返しては消したり書いたりを繰り返した。
どのくらい時間をかけたかはわからない。
ただガムシャラになって送信ボタンを押した後、物凄い後悔が押し寄せた。
こんな文章があのパーソナリティの目に触れてしまったら、
ましてや万が一、番組で読み上げられてしまったら。
もしかしてぼくは、本当はあまりにも情けなくて、ダサくて、他人からしたら本当は何でも無くありふれたくだらない事を、とてつもなくしょうもない事を文章にしてしまったんじゃないかと、
これを読んだ人が、聞いた全ての人がぼくを蔑み嫌いになってしまうような事を書いているんじゃないかと思った。
その後はずっと、怖くて怯えて震えていた。
2週間ほど経ってその番組の配信日、散歩しながら更新された番組を聴いていた。
いつも通り30分程度の番組がエンディングの流れになって、お決まりの言葉で番組が終わった。
と思ったら、「P.S.ここからは追記です」の声が聞こえて、番組は続いていた。
スタジオでの収録の後、帰宅してからひとりで録音した音源だそうだ。
ぼくのラジオネームが読まれて、息が止まった。
立ち止まって音を止めても、心臓が鳴り止まない。
ぼくの文章が読み上げられて、鳴り止まない心臓がこのまま止まるかと思った。
そこから、30分近く話をしてくれた。
ぼくの文章を受けて、一言一言、言葉を選んで選んで、正解の無い事を、気持ちの共有をしようと、たくさんの話をしてくれた。
その時の話の内容についてはここでは触れない。
ただぼくは本当にとても救われた。
その人の言葉で、声で、気持ちの全てで、ぼくを肯定してもらった気がした。
恥ずかしい事を言うけれど、その人がぼくの文章をまるで特別なもののように、大事なもののように扱ってくれたから、ぼくはまるで自分自身が特別なもののように、大事にされたような気がしてしまった。
ぼくの拙い文章を読んで、驚く程たくさんの事をくみ取って、
ぼくが文字にしなかった事までも深く考えを巡らせてくれていた。
伝わっていた。ぼくが書いたことも、書かなかったことも。
いつもは140字で馬鹿みたいなことばかり書き立てているぼくがギアを切り替えて、ありったけのカスを振り絞って書き上げた文章がその人の目に留まり、30分ぶんの言葉を伝えたいと、時間をかけてでも向き合って意見を持とうと思ってくれたことが、とてつもなく嬉しかった。
伝わるんだ、と思った。
ぼくが書いた文章が、こうやって人に伝わる事があるんだ。
本当の気持ちを話せなくても、書けなくても、読んでくれた人に伝わることがあるんだと知った。
文章を書こうと思った。
飛躍していると思われるかもしれないけれど、ぼくにとっては充分過ぎる理由だった。
少しばかり人より本を読んでいて、少しばかり文章を書くのが得意だとかいう心のどこかで燻っていたプライドが、ぼくの前に踊り出す。
届く相手が誰でもいい、読んでくれる人がいるならそれでいいと思う。
ぼくが愛する人たちに届いたらいいなって気持ちもある。
ぼくを知らない人がぼくを知ってくれて、好きになってくれたらいいなとも思う。
でもまずぼくに届いている。
ぼくが今書いてる文章って、すごくぼくに届いている。
今まで頭のなかでぐるぐる走り回っていた言葉たちを画面に打ち込むごとに、ぼくの体から離れて文字になって、人に向かって歩いていくような感じがしている。
文章を書くの、好きだな。
すごく気持ちがいい。
衝動的なものかもしれないけれど、しばらくはこうして過ごしていこうと思う。
自分のやりたいことがなんなのか、何ができるのか全くわからない今この瞬間も、文章を書く事は楽しくて気持ちがいい。
今は、ぼくはぼくに向けた文章を書いているけれど、いつかは人に届ける為の文章が書けたりするかな。
もしここまで読んでくれた人がいたなら、いつかはあなたに届けられる文章を書けたらいいなと思います。
ラジオデイズ/スピッツ
