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君と暮らせても

”友達と恋人?”

最近少し思うことがあったので、書き留めておきます。

先に言っておくと、ぼくは全くもって恋愛が得意ではありません。
もうそれはそれは本当に。
恋愛がへたくそ。
そんなぼくが少し恋愛の話をします。

ぼくには大切な友人がたくさんいます。
そんな友達から、恋人ができたと報告される事があります。
その時の気持ちって、嬉しくておめでたいけれど、やっぱさみしい。
結婚ともなるとなおさら。

ぼくと友達という世界において、その恋人なんてやつはポッと出でしかない!
そいつよりぼくの方がお前を知っているしお前を愛しているんだからなー!という気持ちになります。
でもきっとそれはお互い様で、ぼくに対してそう思ってくれる友人もいてくれるに違いありません。

それでは本題です。
友達と、恋人の違いってなんでしょう?

ぼくとしては、少なくとも愛情に差異は無いと思います。
どっちが上とか下とか、そんなことは絶対に無い。
それは友達それぞれに対してもそうです。
どの友達のことも恋人のことも大好きで、肩書きによってその愛の量に差異なんて無い。

もちろんコンディションによって優先順位が生まれることは誰にでもあると思います。
今日今この気持ちを伝えたいのはこの人、今のこの気持ちをわかってくれるのはこの人、というように。
でもそれはあくまでも、自分と人との関係性が、相手の数だけあるというだけの事です。
もし万が一ぼくの中で無意識に愛の量に差があったとしても、ぼくはそれを絶対に口に出さないぞと決めています。
誰に対しても。

友達も家族も恋人も、割り振られた肩書きでしかないというのが、ぼくの考えです。
人と人はいつだって、人と人でしかないと思っています。

ある人がラジオで「本当に大切にしたい人とは恋人にはなれない。友達でいてほしいと思う。」というような発言をしていました。
なぜなら恋人関係というのは、いつか終わりがきてしまうものだから。
深く知りたい、これからも長く知っていきたいと思う相手には、一生一緒にいられる友達でいてほしい、とも言っていました。

この発言こそが、今回ぼくがこの話を考えたきっかけです。

発言を聞いたときは、なんとなく分かる気がするなあと思いました。
でもさ~~~、正直恋愛関係になる時って、終わりがきてしまうことなんか考えてないから始まるものじゃないかな?とも思いました。
しかし、実際には終わりがあったから、今ぼくはひとりなわけです。
終わってきたのです、何度も。

もちろん今までも恋人のことは大切にしたかったに違いありません。
その気持ちに嘘は無いはずです。
でも終わったということは、本当に大切にはできていなかったのかもしれない。
というか大切にできていなかったのだと思います。
それはきっと、お互いに。

友達から恋人になることって、世間ではよくある事かと思います。
でも、友達だった人から恋愛関係をもちかけられることって、嬉しいこともあれば、困ってしまうこともあるものです。

よく言われるのは、”そういう目で見てたのか”とショックを受けたという話。
ぼくもその気持ちに心当たりがあります。

それって、プラトニックな友達だと思っていたのに”性的な目で見られていたのか”というショックでもあります。
恋愛と性行為が直結させられてしまうこの社会では、こう思う人も思われる人も発生してしまう。
嫌なことですが。

更にぼくが感じるショックは、”値踏みされていたのか”と感じてしまうこと。

恋人を選ぶって、なんか人を値踏みする行為のように感じられてしまう。
これがぼくが恋愛を苦手な理由でもあるんじゃないかなと思い当たりました。
人のこと値踏みなんかしたく無いです。

もちろんこれって“値踏み”という言葉の印象が悪すぎるだけで、実際には”条件”という言葉が正しいかもしれません。

誰だって一緒にいたい相手の条件があって、お互いに条件をすりあわせて折り合いをつけて、その条件が合致した人と長い時間を過ごす、一生を添い遂げることが幸せだと思います。

ぼくだって人のことを、こいつはぼくの恋人になれるかな~?恋人にできるかな~?なんて目で見たことはないはずです。
そういう話を平気で口に出してしまう人を見ると嫌悪感を抱きます。

でも実際には、自分の中の条件と相手が提示しているように感じられる条件の摺り合わせを内心で行ってはじめて、それを恋愛とすることはあるんだと思います。
無意識だとしても、大なり小なり皆そうなんじゃないかな。
そしてお互いの内心がある程度見えてきてやっと恋愛関係になるんじゃないでしょうか。

でも友達のことを”値踏み”することって無いように思います。
友達ってなんとなく気がついたら友達になっているような気がする。

ぼくは友人達のことが大好きです。
とても大切です。

大切だから、絶対に傷つけたくない。
いつだって楽しくいてほしいし、嫌な思いをしてほしくないし、もし誰かに傷つけられようものならとんでもなく腹が立つ。
友達の家族や恋人や職場の人なんかをぶっ殺してやりてえ!と思ったことも何度もあります。

だからといって、友人を本当の意味で大切にできているかは分かりません。
ただ、あなたのことを大切に思っているという態度や言動を、できる限り伝えたいと思いながら過ごしています。

でも、恋人という2人だけの関係性ってそうはいかないことが多い。
相手を傷つけたり傷つけられたり、どうしたってしてしまう。
少なくともぼくは今までそうでした。
もちろんそんなことない人もカップルも世にはいることでしょう。
そうではない2人でありたいと、ぼくだって思っています。

でもどうにも2人きりで関係を築くってとても難しいことで、他者の目がない分お互いだけに好意も悪意も甘えた気持ちが発生してしまいます。
そうするとやっぱり”大切にしたい”という気持ちに反する行為や言動があらわれてしまうこともあるのだと思います。

こう思ったとき、急に「大切な人とは恋人になりたくない。」という言葉にとても共感できる気がしました。

発言者がその考えに至った真意はわかりませんし、ぼくと同じ意見だとは思いません。
ただぼくは上記のような考えの上で、少し納得がいきました。

人と一緒にいたいと思った時、その人のことを大切にしたいと思った時、自分にとってその人が大切で一生一緒にいたいなら、相手の肩書きや自分の肩書きに囚われず大切にしたい。
肩書きなんて関係ないって叫んでやりたい。

自分にとってあなたが大切な人であるということを、方法を間違えずに伝えるって、物凄く難しいことです。

ぼくはそれができる人になりたい。

これから先ぼくに、その人にとって肩書きを得たいと思う相手ができたなら、
その時には絶対に、終わらない未来をあなたと過ごしたいと、あなたを大切にすると胸を張って言葉にできる自分でありたいと思います。

君と暮らせても/ラブリーサマーちゃん

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