東京路地紀行 82 板橋区赤塚 ~ドンツキの路地~
ドンツキとは行き止まりの路、袋小路のみちをさす。
今回訪れたのは、板橋区の東武東上線下赤塚駅からほど近いところにいくつか存在するドンツキの路地。
なぜこのような路地が存在するのか。

東武東上線下赤塚駅の近くには前谷津川、その支流の梶谷津川、そのほかに名もない支流が南から北へ向かって流れている。
源流は川越街道の手前あたりにあり、そこから湧き出た水が集まり、北へ、つまり荒川のある低地へ向けて流れていく。それがかつてのこれらの川の姿だった。

ところが、泰平の世の徳川幕府時代が終わり、近代化の波が押し寄せてきた明治時代以降、交通機関の発達で川越街道にそって北側に鉄道が通された。それが今の東武東上線。その線路を通すにあたって盛り土をされて鉄路が敷かれ、川はその下をくぐるようになった。
その後、川に蓋がされて暗渠となった結果、袋小路つまりドンツキが誕生した。
川に蓋をしたのと合わせて必要のなくなった隧道も閉じられているのが下の写真でわかる。ちょうどマンホールのあるところの先の塀が周りと異なっている。

1本の暗渠の路地を歩き、別の路地へ移動する。表通りから細道へはいる。そこにはマンホールが並び、いかにもこちらへ来てくださいと言わんばかりに誘ってくる。おそらく、川としての水の流れがあった時代にすでにこのまわりに家々が建てられたのだろう。人ひとりがやっとの幅で少し曲がりながら奥へと続く。


一番奥へたどり着くとそこは雑草だらけで路とは思えない。しかし足元をみると、道になっている。両隣の家々の裏側なので手入れも行き届かず雑草が伸び放題というわけだ。住人の人たちは手入れをしないの?そう、ここは彼らの私有地ではなく下水道局の管轄だから。では下水道局の職員は草刈りをしないの?それはどうだろう…

少し待っていると電車が音を立てて通過していった。

また別の暗渠路地へ入っていくと街灯あり、車止めもあり。いかにも暗渠だとわかるので楽しくなってくる。



時間の経過とともに陽の位置もうごき、いつしか西陽に向かって歩いていくことになる。まぶしさで額に手を当てながら進むが、こうしてみると西陽を反射して鈍く輝く蓋暗渠がきれいに見えてくる。


そしてドンツキへ。
蓋暗渠はそのまま電車が走る盛り土のなかへと消えていった。


