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ペペロン壬生菜浪士組

近隣の農家から壬生菜を頂いた。
關東のド田舎で京野菜の壬生菜が手に入るとは思いもよらなかった。
壬生と言えば、アレしかないでしょうということで、新選組の母体となった組織が關わった事件と局長について妄想しながら、壬生菜を料理した記録。


壬生菜

幕末の大きなターニングポイントとなった事件として教科書にも載っているが正直な所、わかりにくい事件が八月十八日の政変。
事件の裏側には後に新選組となる壬生浪士組の巨魁局長が大きく關わっていた。
ペリー來航以来、世上には尊王攘夷とか公武合体とかの四文字熟語。
文久三年(1865)の夏、尊王攘夷派はピークを迎えていた。しかし昇りつめれば落ちるのが道理。その落下点が八月十八日の政変。平たく言えば、過激な尊王攘夷派だった三条実美ら七人の公卿とそれと結託していた長州者達が京都から締め出された事件。


材料

壬生菜   半把
油揚げ   弐枚
蕎麦パスタ 100g
唐辛子   半分
大蒜    1欠け
塩     二つまみ
塩麹    大匙2

幕末の帝、孝明天皇は異人嫌い。当時の感覚からすれば穢れた異人が神州日本を闊歩するなど耐えられない。
開国した幕府はけしからん。との御叡慮。
天皇の意志を尊重して、夷人を攘ち払えが流行語。
關ヶ原での恨みがある長州はこれに乗っかって帝を担いで天下取り狙い。
德川シンパの山内家の支配で虐げられていた土佐の下級武士も追随。
今まで冷や飯を食わされてきた三条実美らの公家も幕府を凌ぐ好機として、この動きに乗る。


塩を入れた湯で蕎麦パスタを茹でる。

幕府とは天皇から政権を託された将軍が統治するという形態。
それ故、天皇の意志を尊重。故に尊王攘夷を標榜せざるを得ない。
ならばいっそ、天皇と将軍が一體になって難局に当たろうという考えが公武合体。その象徴が天皇の妹、和宮と十四代将軍家茂との結婚。
将軍の親戚になった天皇がいる都を守るために松平容保が京都守護職就任。
そのお抱えだったのが壬生浪士組こと後の新選組。
元々、上洛する将軍警固のためにやって來た浪人達だったが、松平家と交渉して、その配下にしてもらえるように計らったのが芹澤鴨。↓

壬生住人士という半民半武の郷士達の屋敷に分宿していたことから、壬生浪士組を当初は名乗っていたが、芹澤浪士組と呼ばれることもあった。それだけリーダーシップを発揮。しかしかなり評判が悪い。
酒乱で乱暴者。酔って暴れて一方的に店に営業停止を命じたとか、芸妓の髪を切ったとか。
そうした乱暴の一つとして語られるのが、大坂相撲力士との乱闘。


微塵切りの大蒜を炒める。

将軍家茂が大坂湾視察。その警備に壬生浪士組も大坂出張。ようやく将軍警固という最初の目的達成。
道を譲れ譲らないという喧嘩から、ついに乱闘。
力士側に死者も出た。
被害者の相撲部屋は奉行所に訴えたが、部屋側が和解金を出し、壬生で相撲興行という裁定。
臭いな。
浪士組の雇い主、會津藩から圧力がかかったのかもしれないが、死人まで出た方が一方的に惡とされ、金を払わされて興行。その上がりの何割かも浪士組へ上納。
裏がある。


適当に切った壬生菜投入。

キーワードは力士。
長州と言えば奇兵隊だが、他にも○○隊が幾つかあり、その中に力士隊。隊長は伊藤俊輔、後の伊藤博文。
大坂相撲となっているが、長州出身者が混じっていたという。
力士隊の者が潜り込んでスパイ活動。それを嗅ぎ付けた京都守護職が芹澤達に排除を命じたのが眞相ではないか。
死亡した三人の力士はスパイ?
不公平な手打ちも、騒ぎが大きくなることを恐れて長州も手を引いたから。


短冊に切った油揚げと細切れにした唐辛子投入。塩麹で炒める。

もう一つ、芹澤鴨の蛮行として知られているのが大和屋焼き討ち。
土佐の吉村虎太郎が率いる天誅組が京都の豪商から活動資金を押し借り。
それを聞き付けた芹澤は援助した商人の一つ、大和屋に出向いて我々にも資金援助しろと迫る。
ところが主人が旅に出ていると言って、のらりくらり。止む無く芹澤は引き下がる。
これが八月十三日の昼。
夜になってから、芹澤は三十五名の隊士を引き連れて再訪。今度は交渉ではなく実力行使。大和屋に火を掛けた。
火消しが來ても妨害。
夜の都は赤く染まった。
大和屋から近い御所周辺で、これを見て靑ざめたのが三条実美。
「ヤバイ。計画はバレている。大和行きは中止でおじゃる」


茹で上がった蕎麦と茹で汁をお玉二杯分投入。

三条らは囲い込んでいる孝明天皇に攘夷祈願の寺社詣りを強要。
これまで御所から出たことがない天皇を外へ連れ出し、上洛している家茂将軍をお供に連れ回し、天皇が上に立っていることを内外にアピール。
ついに都周辺だけではなく、大和の神武天皇陵へ参拝計画。
京都守護職や諸藩の兵がいない大和で将軍を人質に、天皇の意志として大政奉還を迫るのが眞の狙い。
天誅組が大和に先駆けているのも露払い。
計画を察知した會津藩は優秀な工作員である芹澤に、大和行幸を中止させる示威行為を命じた。
天誅組に資金援助した商人は複数あるのに、殊更に大和屋が狙われたのは『大和』の屋号。更に御所に近いから。


ぺペロン壬生菜浪士組

茎のシャキシャキ、葉のしんなり感が幅広な蕎麦パスタによく合う。大蒜と唐辛子のぺペロン風味。大蒜のアリシンが食欲増進。カプサイシンが代謝アップ。
壬生菜にはホウレン草よりも多くビタミンCが含まれる。食物繊維やβカロチンも摂取。油揚げからタンパク質。
塩麹の甘味が辛みを程よく抑える。

八月十八日の早朝、會津はこの頃は同じ公武合体派で仲良しだった薩摩藩にも呼び掛けて大勢の軍勢で御所の周囲を取り囲んだ。当然、芹澤率いる壬生浪士組の姿もあった。
これは孝明天皇が會津藩主、松平容保に助けを求めたから。
天皇自身は攘夷はあくまでも幕府にやらせるつもりで、自ら政治をする氣なし。過激な尊攘派に振り回されるのに嫌気が差していた。
参内しようとした三条達は通せんぼ。
「帝の御意思である」
尊皇を謳う以上、天皇の意志には従わねばならない。
三条実美達七人の尊攘派公家は、つるんでいた長州者達と共に都落ち。
これが八月十八日の政変。そして七卿落ち。
一連の功績により、芹澤達には松平容保から新たな隊名が下賜。それが『新選組』

平和ボケした現代の日本人には想像しにくいが、激動の幕末はスパイだらけ。幕府に各藩、朝廷、更には外國が情報を取り合い、暗闘。
芹澤鴨という人物は現代では酒乱で乱暴、恐喝紛いに商人から金を巻き上げた悪漢と言われるが、実際は資金調達から破壊活動までバッチリこなす優秀なエージェント。

最終的に暗殺されるのだが、これは芹澤が水戸出身で南朝支持者だったから。
水戸藩は江戸時代、日本史の編纂を続けていた。それも南朝が正統という史観。
芹澤は知ってしまった。長州力士隊に南朝の血を引く大室寅之助がいることを。後々、睦仁親王とすり替わって明治天皇になる人物が大室寅之助。
南朝の後継者と敵対してもいいのかと芹澤は自問。
迷いが生じたエージェントは役に立たないどころか、余計なことまで知っているので危険。
會津藩は素朴で扱い易い近藤勇に新選組を預けることにして、不要で危険な芹澤鴨の排除を命じた。
こうして八月十八日の政変を裏で導いた芹澤鴨は惡名だけを被せられて、歴史の闇に葬られた。そんな妄想をしながら、ぺペロン壬生菜浪士組をご馳走様でした。


#創作大賞2025

#フード部門

#蕎麦食推進クラブさざれ石


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