RE_PRAYオーディオコメンタリー感想③
一部の記憶が、フラッシュバックする。
過去の記憶が、浮かび上がってくる。
RE_PRAYの二部は、そんな感覚からはじまる。
notte stellata 2026で、羽生くんが東北ユースオーケストラの皆さんとコラボした
坂本龍一さんの《Happy End》
羽生くんの表現を何度か見て、
そして、羽生くんの解釈を聞いて感じたのは
時計の針は確かに進んでいるのに、
どこか過去に引き戻されているような、
前に進みながら、後ろに連れていかれるような感覚だった。
それは、ただ思い出しているというより、
過去の記憶が、いまここで再生されているような感覚で、
振り返っているというよりも、
いまに流れ込んできているように感じられた。
二部の《いつか終わる夢;RE》は、
かつて追い求めていたものが、
絶対だと思っていたはずなのに、
それが“夢だったのかもしれない”と、
どこかでわかりはじめているような…
ああ、こんなことがあったな。
あんなことを思っていたな。
そんなふうに、
過去の自分を見ているようでいて、
でもまだ完全にそこから離れたわけでもなく、
どこかで受け取りはじめているような、
少しあたたかい感覚。
羽生くんが、夢があまりにもリアルで、
どちらが夢なのかわからなくなることがある、と話していたけれど、
それはまるで、胡蝶の夢のようだなと思った。
蝶になって、ひらひらと自由に舞っていた夢から目が覚めると、
自分は確かに人間で――
けれど、
その夢があまりにもリアルだったからこそ、
今いるこちらが、夢ではないのかと感じてしまう。
夢(理想)を生きたあと、
その先に何があるのか…
そんなことをぼんやり考えていたとき、
ふと《八重の桜》が浮かんできた。
notte stellata 2026で羽生くんが演じていた、
もう一つのプログラム。
RE_PRAYとは違うコンセプトのはずなのに、
どこか重なるものを感じた。
羽生くんの表現って、
やっぱりブレないなと思う。
だからこれは偶然というより、
自然と重なってきたものなのかもしれない。
夢が叶った瞬間というより、
そのあとをどう生きていくのか。
終わりを受け取ったその先で、
それでも進んでいくこと。
羽生くんは、《八重の桜》を
《天と地と》の続きだと言っていた。
《天と地と》は、信念を貫く物語。
義を掲げて戦い、
理想(天)を背負って、
外の世界とぶつかっていく。
「信じるものを持って戦う」――
そんな在り方だったと思う。
けれど『八重の桜』に感じたのは、
その“後”の世界だった。
信じていた正しさが揺らいだり、
当たり前だったものがひっくり返ったり。
それでも、人は生きていく。
「信じていたものが壊れたあと、どう生きるか」
そんな問いが、そこにある気がした。
信念を貫いて戦い続けてきた羽生くんが、
競技時代の最後に《天と地と》を選び、
いま《八重の桜》で見せてくれたのは、
何を信じて生きるのかを抱えたまま、
その先をどう生きていくのか、
そんな姿だったように思う。
どちらが夢で、どちらが現実なのか。
その境界があいまいになるくらい、
スケートに向き合ってきた羽生くんが、
最後に選んだのは「リンク袖にはけていく」という終わり方だった。
それは、
表現という夢が終わったあとも、
私たちの日常の中で、
その続きを感じさせてくれるようなものだった。
羽生くんは、
残してきた轍を見て何を感じたか、
「このあとをどう感じますか?」と、
そう語りかけていた。
意味を渡しているというより、
響きを起こしている。
そんな表現なのだと思った。
(Echoes of Life!?)
夢を生きたあと、
それが何かとして残るというより、
どこかで響きとして広がっていく。
そう考えると、
夢を追っていたことも、
その響きさえも、
自分で起こしているというより、
ただ起きているものなのかもしれない。
ねぇ神様 私はだれ?
これは 夢の中?
私は ゲームの中の住人ですか?
ねぇ だれが動かしているの?
もし 私はゲームの中の住人だったとしたら?
これを作った人は 神様?
動かしているのも 神様?
白と黒
羽生くんの話を聞いていて、
「白は死」「黒は生」という言葉に、思わず背筋が伸びた。
いつも自分にはない視点を、
さらっと持ってきてくれる☺️
面白いなぁと思いながら、
でも、聞きながらふと考えてしまった。
私たちが「自分がやってきた」と思っていること。そのひとつひとつを重ねるほど、
心は不透明な「黒」になっていくような気がして。
一方で、
それを動かしているのが自分ではないのかもしれない……。
そう思えた瞬間に、
自分という器がふっと「白(空っぽ)」に反転するような感覚。
羽生くんは続けて、こう言っていた。
色は重ねると黒くなる。
白は、死に近い、眩しすぎて何も見えない、何も存在しない色。
すべてを吸収して、
実体として泥臭く生きているのが黒。
けれど、光は重なると白になる。
それは光が吸収されるか、
されないかの違いで、
ルールも「自分」というキャラも消えて、
ただエネルギーだけがそこにある状態が白。
ということは……。
絵の具(物質や思考)は、
重ねるほどに「黒」くなる。
エネルギーを自分の中にギュッと吸収して、
重く、生々しくなっていく感じ。
対して、
光(純粋なエネルギー)は、
重なるほどに「白」くなる。
それは自分という実体を通り抜けて、
そのまま反射していくようなイメージ。
ああ、ほんとだ😌
羽生くんの意図と同じかどうかはわからないけれど、わたしの中で繋がった気がした。
そして、原孟敏さんの言っていた
「羽生くんの透明感」
それは「黒(生)」という重さを持ちながら、
一瞬で「白(光)」へと透過してしまう、
あの境界のまばゆさのことなのかもしれない。
そしてそして✨今日はいよいよREALIVE✨
REALIVEのメインビジュアルも、
背景が白と黒だったな。
どんなふうに感じられるのか、
もう楽しみしかない☺️
つづく……
