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メンタル弱めな子育てイラストレーターの「嫉妬」の話。

斉藤ナミさんが、またぶちかましている。note上で祭りを誘発するまでになってしまった。しかもその名も「嫉妬祭り」。参加しないわけにはいかない。

わたしは非常に嫉妬深い。もう少し解像度高く表現すると、愛されたいという気持ちが強く、人の関心が自分に向かっていないとすごく情緒が乱れる。まるで4〜5歳児のようなメンタルである。こないだ会った友人の子(6歳/小1男子)のほうがよほど情緒の安定した大人であった。

独立2年目、まだまだ売上の安定しないフリーランスイラストレーター。プライベートでは0歳児の育児中だ。可処分時間は少なく、身動きがとりづらく、慢性的に寝不足で精神的に弱りやすい毎日である。

つまり、こういうこと。

ふん。ふんだ。

最近よくいう「推し」とか「ファン」とかいう言葉も文脈によってはかなり苦手である。たとえばこういう場面。「推しです!」「ファンです!」

ふーん、そっか。
この、わたし自身の存在が透明化される感覚が恐ろしい。いたたまれない、行き場がない、と感じる。いちおうフォローしておくけど、周りの人が攻撃や嫌がらせや仲間はずれをしているわけではないことくらいはわかっているし、誰も何も悪くない、素敵なコミュニケーションだと思う。ただわたしの嫉妬にまみれた心がセルフサービス状態で傷ついているだけなのだ。

「ほんと!素敵ですよね!私もお話したかったんです〜!」と言えたらみんな気持ちよくコミュニケーションがとれるのにね。

言うたらこの「嫉妬祭り」もそうである。出版の夢を叶えちゃったナミさん、作品につどつどファンから熱いコメントがつくナミさん、こんな祭りを誘発してnote界を盛り上げるナミさん。うらやましい。

うう。わたしだって、そろそろ何かをつかみたい。今のわたしにつかめるのは飲みかけの哺乳瓶か使用済みオムツくらいのもんである。

「嫉妬ですか?あんまりしないですね〜。リスペクトはしますけど。」とか言ってみたいもんだけど。そんなこと言う奴だいたい嘘つきだと思ってる(暴論)

まごうことなき本心だ。欲しい。欲しい欲しい欲しい、もっと見てよわたしを見てよ。

いつまでたってもどこまでいってもこうなのだ。振り向いてくれない人を振り向かせたい。リアクションがない人からリアクションがほしい。見てよこっちを見てよお願いだから。ここにいてもいいと思わせてよ。

そうやって嫉妬と承認欲求の炎で心を焼き尽くすうちに、いつのまにか、かわいいかわいい娘と優しく理解のある夫が、意識の外へフレームアウトしていく。


来月から保育園。夫の育休もこの3月で終わり。今月いっぱいなんだよ、昼間も一緒にいられるのは。そんな時間もこうやって醜い感情で身を焼き尽くし、その繰り返しの果てに焼け野原でひとり死んでいくのだろうか、わたしは………………………?

わたしのことをじっと見てくれている人が、ここにいるのだよ。

「今ある幸せに目を向ける」「持ってるものに気づき、感謝する」そんなわかりきったことで締めたいわけではない。そうしたところで多少気持ちは楽になるのだけど嫉妬も嫌な感情もなくなりはしない。

でも、心の山火事を起こすくらいの火力があるのなら、でかい花火でも打ち上げて、誰かを楽しませてやろう。どこかの誰かが見てくれるかもしれないし、面白がってくれるかもしれないし、少しでも気が楽になるかもしれないし。焼け野原はいやだけど、表現という花火をぶち上げまくって死ぬ人生なら、わたしはそれがいいな。


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やまぎしあゆみ|伝えるイラスト・グラレコ・漫画 ほっこり、安心、ワクワクドキドキするイラストを届けていきます!また読んでいただけたらうれしいです!