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“救われる”と同時に、“戒め”でもある

我が家でも大いに盛り上がっている、サッカーWorld Cup⚽️

次男が中学に上がってサッカー部に入部したこともあり、連日サッカーの話題で持ちきり。


そんな中、興味を持ちながらも相変わらず冷静な長男。

以前、冬季オリンピックのときに感じていたことを、再掲しようと思い立った📝


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もうすぐ閉幕してしまう、冬季オリンピック⛄️

すべて追い切れないほどたくさんのドラマがあり、
それぞれに感動させられっぱなしだった。


そんなとき、
ふと目に入った、櫻井大典さんの投稿。


そうだった。

世界中がオリンピックに沸き立っているように見えていても、

同じようには感じていない人もいる。



我が家の長男は、
小さい頃から運動が得意ではなかった。

公園に連れて行っても、

周りの子たちのように、走り回ったり遊具で遊ぶことはなく、

端っこで石ころを拾ったり、葉っぱを集めたり、
ハトを追いかけたりしている子だった。


そんな息子が、
活発な子ども時代を過ごしてきた私にとっては、
たびたび心配になる存在だった。


一度、まだ小さかった子どもたちを連れて、
姪っ子たちの運動会を観に行ったときのこと。

一番盛り上がる全員リレーが始まり、
私も含めて、周りの大人も子どもも大歓声を上げて応援し出すと、

「…うるさいっ!」

と小さく呟いて耳を塞ぎ、
外側のフェンス沿いにある、植木の陰に隠れてしまった。


私は反射的に、
「こんなに興奮するリレーの良さがわからないなんて、信じられない!」

と思っていた。


けれど、思い返せば、

私自身が小さい頃、父親の意に沿わない言動をするたびに、

「お前はおかしい」、「変なやつだな」

と言われ続け、どれほど傷ついてきたことか。


櫻井さんの言葉は、

過去の私の心の傷を癒してくれる救いとなったと同時に、

私の、長男に対する態度への戒めでもある。


自分の経験から、

私と全く違う感性を持つ長男に対して、できる限り寛大に受け入れるよう、心がけてきた。

けれど、
無意識に否定してしまっていることもあるかもしれない。


同じように、
世の中にいる人たちは、それぞれ異なる感性を持っている。

自分の何気ない言動が、
自分だけの『当たり前』を前提に、誰かを傷つけることになっていないか。


ときどき、立ち止まって省みることが大切。



心配の種だった長男は、

高校生となった今、人生初の運動部に入り、
少しずつスポーツ観戦に興味を示すようになってきた。


ただ、今回のオリンピックも、
テレビの前で大興奮の私と次男を横目に、

「おぉ、すごいね。」
くらいのコメントをする程度で、

特に、競技に見入ることもなかった。


そんなところも、
彼の素敵な個性だ😊✨


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