“救われる”と同時に、“戒め”でもある
我が家でも大いに盛り上がっている、サッカーWorld Cup⚽️
次男が中学に上がってサッカー部に入部したこともあり、連日サッカーの話題で持ちきり。
そんな中、興味を持ちながらも相変わらず冷静な長男。
以前、冬季オリンピックのときに感じていたことを、再掲しようと思い立った📝
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もうすぐ閉幕してしまう、冬季オリンピック⛄️
すべて追い切れないほどたくさんのドラマがあり、
それぞれに感動させられっぱなしだった。
そんなとき、
ふと目に入った、櫻井大典さんの投稿。
オリンピックに感情移入できなくても、泣けなくてもいいんやで。
— 櫻井 大典 (@PandaKanpo) February 21, 2026
そうだった。
世界中がオリンピックに沸き立っているように見えていても、
同じようには感じていない人もいる。
我が家の長男は、
小さい頃から運動が得意ではなかった。
公園に連れて行っても、
周りの子たちのように、走り回ったり遊具で遊ぶことはなく、
端っこで石ころを拾ったり、葉っぱを集めたり、
ハトを追いかけたりしている子だった。
そんな息子が、
活発な子ども時代を過ごしてきた私にとっては、
たびたび心配になる存在だった。
一度、まだ小さかった子どもたちを連れて、
姪っ子たちの運動会を観に行ったときのこと。
一番盛り上がる全員リレーが始まり、
私も含めて、周りの大人も子どもも大歓声を上げて応援し出すと、
「…うるさいっ!」
と小さく呟いて耳を塞ぎ、
外側のフェンス沿いにある、植木の陰に隠れてしまった。
私は反射的に、
「こんなに興奮するリレーの良さがわからないなんて、信じられない!」
と思っていた。
けれど、思い返せば、
私自身が小さい頃、父親の意に沿わない言動をするたびに、
「お前はおかしい」、「変なやつだな」
と言われ続け、どれほど傷ついてきたことか。
櫻井さんの言葉は、
過去の私の心の傷を癒してくれる救いとなったと同時に、
私の、長男に対する態度への戒めでもある。
自分の経験から、
私と全く違う感性を持つ長男に対して、できる限り寛大に受け入れるよう、心がけてきた。
けれど、
無意識に否定してしまっていることもあるかもしれない。
同じように、
世の中にいる人たちは、それぞれ異なる感性を持っている。
自分の何気ない言動が、
自分だけの『当たり前』を前提に、誰かを傷つけることになっていないか。
ときどき、立ち止まって省みることが大切。
心配の種だった長男は、
高校生となった今、人生初の運動部に入り、
少しずつスポーツ観戦に興味を示すようになってきた。
ただ、今回のオリンピックも、
テレビの前で大興奮の私と次男を横目に、
「おぉ、すごいね。」
くらいのコメントをする程度で、
特に、競技に見入ることもなかった。
そんなところも、
彼の素敵な個性だ😊✨
