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“離婚”という選択をしたから


夏休みの終わり、息子2人と近場のこじんまりした温泉地へプチ旅行。

もともとインドア派な上に思春期真っ只中の長男。
全く乗り気でないところ、なんとか連れ出すことには成功したものの、

『来年はこの子も受験だし、3人での旅行はひとまず最後かな』

と寂しく覚悟を決めました。


対照的に、アウトドア好きで旅行前からテンションMAXの次男。

私と一緒にプランを練りまくり、当日天気が悪くなって来たところを的確に判断して、楽しみにしていた山も川も時間を短縮しつつ満喫した直後、旅館に到着と同時に土砂降り!
という神がかり的な采配をしてくれました。


バタバタした日常から離れ、子どもたちも大きくなったことでやっと1人でゆったりと温泉に浸れる喜びをじんわり味わいながら、

『あぁ、この人生を選んできて良かった』

と、心の底から感じていました。


**********

私が育ったのは、
『こうあるべき』が強かった家庭。

ずっとその環境に違和感と心地悪さを感じながらも、大きく枠からはみ出すことが怖かった。
家族の中では異端児扱いだった私も、
歩んできたのは、一般的に見れば恵まれた、レールに沿った人生だった。



離婚の話が出ると、
もちろん周りからは反対の嵐。

ほとんどが、私と子どもたちの生活や将来を心配しての声だったけれど、
やはり両親からは『こうあるべき』から逸れることへの不安と不満が投げられ続けた。


私にとって決定的だったのは、

「どんなに夫婦がいがみ合ったり上手くいっていなくても、父親と母親の両方存在していることが子どもにとって一番大切」

という母の言葉。

これに私の心が激しく抵抗した。
そうじゃないことは、両親との関係に苦しんできた私が一番よく知っている。


“どんな家族の形であっても、
子どもたちに愛は伝えられる”
それを実現していくことが、私の使命だと思った。

**********


以前、ママ友から
「シングルっぽくないよね」
と言われたことがあります。

“シングルっぽいって何だろう”
“不幸そうとか、荒んでそうとか、そんな偏見がまだあるのか”

と残念に感じつつも、
それがまさに、私が目指していた
『両親揃っていなくても、幸せな家族の姿』
なのだと気がついたのです。


離婚という選択をしたことで、
とことん自分と向き合い、
子どもたちとの関わり方、自分自身の人生についてより深く、真剣に考えるようになりました。

コーチングや心理学、占星術、引き寄せの法則…
様々な学びと出会う中で、これまでの人生で抱いてきた重圧が外れ、心がとても軽やかになっただけでなく、
すっかり諦めていた両親との関係も、驚くほどに穏やかなものに変わったのです。


子どもたちには、たくさんの辛い思いもさせてしまったけれど、
「前よりも今の方が、めちゃ楽しいし最高の友達とも出会えた!お母さんありがとう。」
と、今の生活を幸せに思ってくれています。


もちろん、
ただ離婚を美化したいのではありません。

運命の人と結ばれて、幸せな結婚生活を送る人
合わない相手であっても、一緒にいる方がいい人
そもそも他人と一緒になりたいと思わない人

幸せの価値観は人それぞれ。
大切なのは、

“人生の中で大きな選択をする時は、
誰かのためとか誰かの目を気にするのではなく、
ちゃんと自分の心の声を聞くこと”
そして、
“いろんな人の、それぞれの選択を尊重すること”


私は、シングルであることを恥ずかしいと思ったことはないし、隠してもいないので、
周りから、離婚したい人、する予定の人の話をたくさん聞く機会があるし、よく相談もされます。

その人たちが、それぞれの幸せを見つけ、
いろんな家族の形を認め合える世の中になって欲しい。



昨日、時々相談に乗っている離婚調停中の人から
「今、幸せですか?」 
と聞かれ、
「めちゃめちゃ幸せです!」
と即答しました。



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