讃美歌と子豚
この近年、近所の英国系スーパーマーケットでも、海苔、豆腐、醤油等を見かけるが、納豆はまだ見ない。そこで、マンチェスターの中国系大型スーパーマーケットに、わたしは時々買い出しにいく。そこでは、納豆、梅干し,
少し品のいいお豆腐などが入手出来る。昨夜のエノキやマイタケは、大変美味しく頂いた。
チャイニーズフード店が材料調達に行く所でもあるので、ドラム缶入り油や、大きな段ボールで野菜などを購入する方々が多い。販売している肉の塊などは、家庭用に見合わないジャイアントサイズ。
ACIM/奇跡の講座「真の赦しのチャンス」は黙っていても、その終わりが来るまで、必ずやってくる。最近、度肝を抜くような事が起きないな、と鷹を括っていたところだった。
予期せぬ光景
この大型スーパーマーケットで、物珍しい冷凍コーナーを覗き込んでみる。ある個所で、わたしは思わず息を勢いよく、ハッ!と飲みこみ、口を押えた。そんなリアクションを見るのは珍しいので、夫が "What is it? What happned? "と尋ねる。「中見て。」と夫に促し、わたしは数歩後ずさりし、彼に車椅子のスペースを作った。彼は、中を覗き込み、暫くして、ふーんと低音でため息をついた。
体調50センチくらいの、何体もの子豚全身が一匹づつ真空パックで冷凍庫に入っている。安らかに眠っている様子にも見える。
前の週が、中国の正月だったので、期間限定の特別販売なのだろう。過去に見たことない商品。予期しないものを予期しない場所で目撃したので、度肝を抜かれた。
写真を撮ろうと、携帯を取り出したが、止した。なぜか相応しくない行動だと感じた。わたしがその子豚ならそんな姿を撮られたくない、とも思った。
自分で自分を納得させる
目を閉じた状態で、人間の肌を思わせる子豚がなぜあれほどショックなのか、考えが巡った。
「動揺」から「納得」へ向かう、以下の様な理由付けが、脳裏を巡る。
すでに切って販売するベーコンは平気だな。だから豚が問題ではない。
魚だって、全身で売ってるのは平気。この店は、カニやロブスターも生きたまま水槽で売っているし、それも平気で見れる。わたしは、矛盾している。
夫と日本帰国した時は、シラウオの踊り食いを二人で笑いながら楽しんだっけ。子豚が丸ごと販売されているのが何が悪い?
週に一度はローストチキンするよね?首が無い鳥じゃないか。肌色だって豚と似ている。なぜこの子豚を特別視する?
私たち人間が生きる世界では、これが秩序と云う。生まれし身はすべて死を迎える。弱者は強者に食われて終わる。それが自然というもの。時に自然を美しいとも表現するではないか。
なるほどな、と心理学者ぶって自分自身に言い聞かせたので、納得した気分だった。動転した自分を叱責した感じもする。しかし、しばらくしてハッと気づいた。
上記の分析のすべては、自我/エゴ、思考の囁きだったことに。
別の可能性
ACIM/奇跡の講座では、これをForgiveness to destoryという。つまり、「破壊に向かう赦し」という意味。この世で起きている事が、実際に実在していることをすでに認めてしまった後で、口実を並び立て納得する有り様。これでは、ただの堂々巡りだという。
つまり、God/神と我々が一心同体であることをすっかり忘れている状態。
聖霊/Holy Spiritからの提案
ACIM/奇跡の講座は、決して、沸いた感情を否定しない。敢て、微笑む意識で視てごらん、とやさしく提案する。その後、聖霊/Holy Spiritにバトンパス。
ACIMに依れば、我々の真の実態は、この小さな肉体スーツには到底、収まらない実在。
社会は、God/神から決別し、迷子になったというわたしの勘違いから生まれる、という。その自責の念が創作した世界を出来るだけ複雑にして、自我は、God/神から逃げ切る作戦らしい。
「動揺は罪ではないよ。感じたものは仕方無いよね。でも、またちょっと勘違いしてる様ね。」と訂正を促してくれるのが、聖霊/Holy Spirit。その別の提案に耳を傾ける事にした。
光へ転換
最期に、God/神/愛の炎/無へ差し替える。子豚も、水槽の中のロブスターも、ローストチキンも、納豆好きな自分も、口に放り込んだシラウオも、すべて永遠不滅のゼロポイントの愛の炎に投げ込む。
しばらく沈黙。
すると、「その子豚を上手に料理する人々のお母さん、お父さんを囲み集まる親戚家族。新年を喜び、世界中の人々と同じ様に、わたしと同じように、平和と愛を誓いながら、美味しく料理を頂く。」
そんな想いと光景が浮かんだ。
その子豚たちも、その幸せを魂レベルで感じ取り、一緒に喜んでいるようにさえ感じる。まるで讃美歌でも歌っているように。
何も良くも悪くもない。我々はGod/神から見放されるどころか、その愛の中で「生きるダンス」をさせて頂いている、と感謝の気持ちが生まれる。
子豚さんよ、「真の赦しのチャンス」をわたしに与えてくれて、ありがとう。
