◆ スピンオフ①『あの人へ、8年越しの夏』 第2話 ピックと止まった時計
◆ スピンオフ①『あの人へ、8年越しの夏』
── 第2話 ピックと止まった時計 ──
これは、私と“あの人”との八年間――
甘い夏の始まりと、苦い終わりを辿る物語の、二つ目のページ。
── 出会いから1か月。小さなカフェで〈未来〉が芽生えた午後。
* * *
〈ちゃんと帰れた?〉
屋上で別れて数時間。
真夜中のスマホに届いた短いメッセージが胸を叩く。
〈うん、大丈夫。さっきはありがとう〉
指が震えるのを誤魔化しながら送り返すと、数秒で既読。
〈眠れないなら、明日コーヒー行かない? 午後2時、駅前ブルースター〉
“コーヒー”という質素な誘いが、派手な夜遊びよりずっと響いた。
私は迷わず「いいよ」と返した。
* * *
翌日。駅前の小さなカフェ「ブルースター」。
窓越しに見えた隼〈しゅん〉は黒のTシャツに擦れたジーンズ、
椅子の横にはギターケース。
「来てくれて、ありがとう」
汗をかいたアイスコーヒーがふたつ。
隼はケースのポケットを探り、擦れたピックを取り出す。
「これ、初ライブのお守り。
君が持っててくれない?」
欠けた端に刻まれた時間。
「返却期限は――曲が完成するまで」
ピックを胸ポケットにしまった瞬間、
心のどこかで止まっていた何かがコトリと動く。
* * *
コーヒーを飲み干す頃、壁掛け時計が止まっているのに気づく。
「時間が分からないと落ち着かないね」
笑った私に、隼は自分の腕時計を外して手渡した。
「これで代わり、ってことで」
秒針のリズムが、ふたりだけの秘密になった。
* * *
午後のライブハウス。リハを終えた隼が客席に呼んでくれる。
「さっき浮かんだフレーズ、録っていい?」
向けられたスマホに、私の名前が紡がれる。
〈♪――ミヅキ、空を泳ぐ人魚の名――〉
未完成の旋律に、胸の奥が震えた。
「いつかフルで聴かせるから」
確信めいた声が、私の未来をそっと揺らす。
* * *
夕立前の灰色の空。
「傘、持ってないでしょ?」
差し出された折りたたみ傘にふたりで入る。
肩と肩が触れるたび、胸ポケットのピックが小さく鳴った。
駅で別れる瞬間――
「また連絡するね。ピック、なくさないでよ」
「うん。……完成版、楽しみにしてる」
改札を抜け振り返ると、
隼が傘を畳み、ギターケースを抱えて笑っていた。
誰かの未来を待つのは、いつ以来だろう。
* * *
次回予告
第3話「ライブハウス裏口でハグ」
雨上がりの夜。アンコールのざわめきの中で囁かれた “まだ帰りたくない”。
触れ合った体温が、二人の距離をゼロにする――近日公開予定。
前作未読の方へ
本編 『二つのぬくもり、ひとつの答え』 では、
美月・篠崎・本城の“もう一つの三角関係”が描かれています。
スピンオフをより深く味わう前に、ぜひ前作もチェックしてみてください!
