マイ・ミッション・ポッシブル✧♡
最近、朝の散歩に行くのがとても楽しい。
理想は4時半に家を出たいが、まだ一度も出たことはない。
なぜなら、朝の珈琲はじっくり飲みたい。
4時に起きて、珈琲を入れてゆっくり飲み、noteをチェックして、果物食べると、黒帯が「ほら!行ってこい」と言う。
毎日、4時50分ぐらい。
着替え、顔洗いと準備していると、出発は5時を過ぎる。
「まだいたのか!」と黒帯。
4時半に出るためには、3時半には起きて、珈琲をいれなければならない。早寝早起きの私には案外、簡単だ。19時や20時には寝るから、8時間寝ても午前3時には起きてしまう計算だ。
ところが、3時半にパッと飛び起きるのが難しい。
なぜなら、20時に寝て、ハッと目が覚めるとまだ11時台とか。
それからまた寝て、午前1時台に目覚め、また寝て午前2時に目覚めとかやっていると、午前3時半を逃して、起きるのは午前四時を過ぎていたり。
ぐっすり朝まで寝て目覚めのいい日もあるのだが、たまに1時間おきに目が覚めている時がある。
これが年をとるってこと( ´艸`)?
もう、午前1時に起きてしまえと、起きる時も1年に2回ぐらいあるけれど、なるべくなら丁度良く、午前3時とか3時半に起きたい。
私が尊敬する近所のゴミ拾いをするTさんはどうやら、午前4時半前には出発している。
前にゴミの話を色々した時に、
「どうせ捨てるのならもっと拾いやすいところに捨てて欲しいよ」
と言っておられた。
密かに、Tさんの後を継いで、ゴミ拾いを始めた私だが、たしかに、川べりの斜面の中腹に、ゴミがある。
チッと思ったが…、待てよ。
私はトレーニングで階段上り降りをやっている人間だ。
最近、これも新たなトレーニングか?と斜面に降りてゴミを拾うようになった。尊敬するTさんの拾えないゴミを私が拾えばいい。
それにしても、Tさんのゴミ拾いを見つめ続けて何年経っているのだろうか?
10年とか20年経っている( ´艸`)
その私がやっと行動を起こしたのだから、私を見て何か行動を起こす人も、今から、10年から20年後なんだろうw。
昔は、この川べりをダイエット目的で歩いていたが、どんどん目的が変わってきた。ゴミ拾いしたくなるなんて、自分の変化に驚く。
地球最後の日が、迫っているみたいな今現在、突然、私がゴミ拾いを始めたように、ゴミ拾い人口が、爆発的に増えたりして?とただ希望的観測を持っている。
Tさんと私だけでもいい。
でも、一人でも二人でも仲間が増えてくれれば、うれしい。
私が気づいてないだけで実はすでに、存在するかもね。
そして、他にも、草取り名人。
市が依頼しているまとまった草刈でなく、自分の趣味で、近所の草刈をしている方がいる。
自分の家の前の歩道だけでは飽き足らず、川を渡る橋まで、草取りする姿を見かけた。
そうしてみると。
彼女が草取りしている橋はとても綺麗だが、散歩中に通るもう一つの橋は雑草だらけなのだ。
こんなにも橋の姿が違うとは、気づかなかった。
前までは、彼女の、道路そばに蹲る姿に、車に轢かれる危険を感じたり、感心するより、どこかやり過ぎ感を持って見ていた私だった。
ところが!
ゴミを拾い始めたら、雑草が気になり始めた。
自分の家の雑草だけでも手一杯だが、神社トレーニングの階段に生えている雑草を取り始めた。

義務でなく、気になった所を、気まぐれに。
雑草を取り去ったので、次は、箒を持って行き、雑草や土を掃いて綺麗にしたらいいかしら。
そんなこんなで、すれ違う人が私にお礼を言うようになった。
「おはようございます。いつも有難う御座います」とか。
そんな!めっちゃ気まぐれです( ´艸`)
階段を上り下りしている私に「毎日、頑張るね~」と笑顔でいうお爺さんがいたり。
皆、何か誤解しているが、さらに私も、雑草が凄い橋の雑草を抜き始めた。半年は歩くから、180日間はこの道を歩く。
毎日ちょっとずつやったら、いつかこの橋の雑草が綺麗になるかもね?ぐらいな緩い発想。
案外、橋は長い。
そして雑草は引っ張っても、抜けない。

そこで、小さな鎌をバックに潜ませて持ち、橋を通りかかった途端に、ガシガシと鎌を活躍させるようにした。
夢中になってしまうと、朝の温泉に行く今後の予定が狂うので、あのおじさんが私を通り越したら止め!とルールを決め、毎朝少しずつ、雑草を駆除する。
今朝、橋の片側の3分の1ぐらいまで来た。

いつか箒を持ってきて、土も全部掃きたい。
そして橋のもう片側はやらないかもw
私はそこは通らないから、そこを通る人が、嫌だったらやればいいよね?
誰かがバトンを受け取れば💖
近所に、自分のカラダを一日中鍛えて、そんなに鍛えて何をしたいんか?と感じる人がいるが(神さまナシナシ!)自分が体を鍛えるより、何か拾った方が素敵かもと思った人だけが、この活動に加わればいい。
あくまでも発心した者の、自主的な活動。
明日も朝起きて、橋の草取りをするのが楽しみだ。
鎌でがりがりとやって、川の中に土ごと落とす。
虫たちよ、キミらの寝床をうばってごめん。でも、キミらはもっと川べりの草の中で暮らしてくれ。
また、別な場所で、やたら木の枝が落ちているなと気が付いたら、ある木がとても弱っていることに気がついた。他の木は元気なのに、この木は弱弱しく、花も咲かず、葉もよろよろと小さい。
前もこの近くで木が1本死んでいたが、誰かが除草剤を打ったとかそんな事件でなければいい。なんだか怪しい。
弱った木に、いろはひふみ祝詞を奏上。山本光輝先生の書が光の書で、弱った子牛を甦らせたり、色々奇跡が起きているから。
雑念の多い私の祝詞に効力は無いかもだが、いろはひふみ祝詞自体に力があるはずだ。この木が蘇って欲しいという気持ちで、手をあて、祝詞を読む。彼が蘇ったら、最高に嬉しい。
私が毎朝、通ることで、この散歩道がすこしでも美しく気持ちよくなったらいい。
そして、そこを通る全ての人の心に、Tさんのゴミ拾いが波及していったら素敵。
そんな夢を見てるのさ✧♡

