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石井光太「砂漠の影絵」を読んで自己責任論が浮上したあの時の気持ちを思い出した

あの時私はニュースに釘付けになった。

毎日毎日テレビやネットでは、中東の武装テロ組織に日本人が人質となる映像が流されていた。そのうちメディアは「自己責任論」を報じるようになり、多くの世論はそれに便乗して、人質救助の為に身代金を払うことを「税金の無駄使い」「テロ資金の片棒」とまで言うようになった。

そんな言葉を私は見たくなかったし聞きたくもなかった。

自己責任て何?

罪も無い人が殺されるのは自己責任なのか?
ジャーナリストの仕事は自己責任なのか?
それならどうやって現地のことを伝えられるのか?
世界中のジャーナリスト達が、命を懸けて現地に行き、情報を手繰り寄せて、自分で見たもの感じたものを多くの人に伝える事は、そんなに非難されるものなのか?
首をはねられて無惨に殺されるに値するものなのか?

あの時私は自己責任なんて思わない、お願いだからいち早く身代金を払って欲しい、お願いだから殺される前に、早く、早く、お願いだからと祈る気持ちだった。

私は頭がおかしくなりそうだった。

自分の考えは間違ってるのかと思った。多くの世論とは違う考えをもつ私は、頭がおかしいのかと思った。私は自己責任で一蹴できる頭の持ち主では無い、正義を振り翳す訳じゃないけど、一言で自己責任と切り捨てられる人間ではないと気付いた。

小説を読んで腑に落ちた。長らく自分の中にあった胸のつかえが一気に取れた。そして、私はこちら側の人間で良かったと思えた。

すみません。興奮してしまいました。
久々に小説を読んで立てなくなりましたw

石井光太「砂漠の影絵」

二〇〇四年六月、イラクの武装組織に日本人五人が拉致された。商社勤務の橋本優樹はバグダッドへ向かう途中だった。組織の要求は、自衛隊のイラクからの撤退だ。日本政府はその要求を拒否、予告された処刑の日が迫ってくる。憎しみ合いと、殺し合いの果てにたどり着くのはどこなのか。人と人は分かり合えないのか。人間の生き方を問う、渾身の傑作長編小説。

Google booksより引用

テロに屈しないアメリカ、イラクに自衛隊を派遣した日本、自己責任論を報じたメディア、それに応戦した世論、内部分裂を繰り返す武装テロ組織、戦争が終わっても紛争が絶えない中東問題…

犠牲になるのは、いつの時代もどこの地域も子供たちで、小さな身体で自爆ベストを着せられて、自ら紐を引っ張って、頭が吹き飛んで爆発を引き起こすシーンは、読んでいてとても苦しくなった。これが紛争地帯の現実かと、身体が震えて立てなくなった。改めて、ぬくぬくと生きている平和ボケで無知な自分を恥ずかしく思った。

小説は、身柄を拘束された人質の目線、テロ組織の目線、家族側(新聞記者の友人)の目線、それらの多角的な目線で描かれている内容であり、多くの事を考えさせられる。自分がこの立場だったら…と思わずにはいられない。

この思考力こそが、小説の力なのかと思う。読まなかったら考えなかった。私の思考は「自己責任論」を生み出したあの時で止まったままだったと思う。

小説の中で何度も出てくるモスク
平和を祈る気持ちはみんな同じ


人と人とは分かり合えるのに、国家や組織になると戦わざるを得ない、誰しもが争いの無い平和な世の中を望んでいる。
読み終わってみて、終始ヒリヒリする場面の連続の中、砂漠の地で影絵を作るシーンがポッと浮かび上がってくる。


夏休みにオススメの本です。内容は重いけど、非常に読みやすいです。
私は1.5日間で一気読みして、その後1.5日間は立てなくなってしまったけど、小説を読んでそんな風になりたい人はどうかお読み下さいませ。(ヤダよとか言わないでw)

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