インドネシアからの技能実習生を迎え入れました
イヤッホー!
皆さん元気してるー?!
さをとめ〜あやだよ〜
こんにちは。
テンションアゲアゲのアゲの早乙女彩です。
ついに、ついに、ついについにインドネシアからの技能実習生を迎え入れましたよ。
なんか感無量
いやはや、彼らにとっちゃこれからが始まりなのに、私が感無量になってどないすんねん。
初日
都外の研修センターからの迎え入れ日。実習生達が役所で住民手続きをしてから事務所に来たのが15時。朝からソワソワしてたのは私だけでなく、社長である兄もそうだった。
コンニチワ〜
ハジメマシテ〜
ってか、初めましてじゃねーだろ夏にも会ってるよ、みたいなw
勿論私は例のインドネシア語での挨拶をしたんだけど、実習生達の反応はというと…
笑顔が見れた^_^
ついでに通訳さんも笑ってくれたw
仲介業者の担当モリちゃんと兄はナンノコトヤラ状態だったけど、何はともあれツカミはOK。
兄とモリちゃんが事務所で手続きをしている間に、私は通訳さんと一緒に実習生達と寮に向かった。(若い女性と2人きりにする妹の気遣いに感謝して欲しい。ってどんなだよw)
事務所から徒歩5分程で寮に到着。
(離婚裁判中に兄が住んでいた、1人寂しい哀愁漂う筋トレルームから一新、世田谷のリサイクルショップで買ったピカピカの電化製品以外は、全部新品の家具を揃えた。カーテンも1級の遮光付きにして、極め付けはテーブルの上にあきたこまちの米をドーンと置いて、最後の最後まで本当に頑張ったのよ私)

電化製品の使い方、給湯器の使い方(インドネシアではお湯を使わない)、厳し過ぎるゴミの分別のルールを細かく説明して、通訳さんにはちょいちょい「日本に来て何年?」「インドネシアのどこ出身?」「最近いつ帰った?」「可愛いね」とか、セクハラギリギリのオヤジだったら即アウトなぶっ込みをしてたら、兄とモリちゃんも寮にやって来た。一新した部屋を見て兄が一言、
「おっ!やるじゃん、綺麗になってる。よく頑張ったな」
兄はそのまま実習生達と作業着を買いに、モリちゃんと通訳さんも付いて行った。私は即座に事務所に戻って事務作業をした。その日の夜は外食に連れていくと言ってたけど、実習生達の荷物が届くタイミングと、兄としてはなかなかコミュニケーションに自信が無いのもあり、一緒にスーパーに行って好きなものを買ってあげたとの事。
翌日
朝の10時に寮のエントランスの前で集合。
「オハヨウゴザイマース」
元気に挨拶してから、私はスマホのGoogle翻訳に向かって話す。
「昨日はよく眠れましたか?」
即座にインドネシア語に変換すると、
「ハイ!ネムレマシター」
そうかそうかよく眠れたか、母さんお部屋作り頑張って良かった。涙が出てくるよ。
「今日は自転車で近くを案内します」
すぐさまインドネシア語に変換され、
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
こんな感じで翻訳機能を使って会話をしたり、
「今日もディンギン(寒い)だね。これからスタシウン(駅)に向かいます。最初にトコ セルバ アダ(コンビニ)に寄ります」
ちょいちょい単語にインドネシア語を入れると、彼らは笑顔になる。
そして私は自分のことを指差して、
「ナマク アヤ(名前はアヤです)。アヤさんと呼んで下さい。レッツゴー!」
コンビニで「好きな飲み物を買ってあげる」と言ったら、3人共甘いコーヒーだった。思わず私は、
「マニス?」(甘い)
と聞くと、また彼らは笑顔になって「マニス、甘いデス」と言ってくれた。
「アヤサン インドネシアゴ ジョウズデスネー」
すっかり私は上機嫌になっていたが、実はこれ以外のインドネシア語は知らないので、その後は、身振り手振りとスマホを使ってコミュニケーションを頑張った。
自転車置き場の止め方と出し方、駅でSuicaを作り使い方を教えて、その後は携帯ショップでモバイル契約の話を聞いてきた。そろそろお腹も空いてきたので、
「これからお昼ご飯を食べに行きます。何か食べたいものはありますか?」
と聞くと、みんな三者三様に悩んでいる。最初はファミレスに行こうと思ったけど、沢山のメニューに悩んでしまうだろうし、彼らはイスラム教徒だから豚肉はNGなのだ。(しかしながら3人の中には、ここぞとばかりに豚肉を食べようとしている子もいてウケるw)
牛肉は大丈夫だったので、シンプルに牛丼屋にした。
「キンチョウシテマス」
そうかそうか。まだまだ日本には慣れてないから、沢山の日本人の中でこうしてご飯を食べるのも緊張してしまうんだね。
それにしても、牛丼に薬味やらゴマドレッシングやらソースやらを全部かけている子もいて面白かった。箸を丁寧に使って頑張ってたけど、最後はスプーンを手に取り食べてるのも可愛かった。
「ワタシはギョウムスーパーとダイソーに行きたいデス」
業務スーパー?ダイソー?
「インドネシアで、ニホンは業務スーパーとダイソーがヤスイと聞きマシタ」
すごいすごい!
そうだね。家族にお金を送るのと、日本行きの為に借金してるのも聞いている。だから少しでも節約を頑張らないといけないよね。彼らの為に私も最大限に協力する事を心に決めた。
その後、業務スーパーとダイソーに寄り、最後に大きな公園にも行った。そこはいつも休日は家族連れが多いが、冬の寒い時期で風も強かったので人はまばらだった。
広い公園の緑を見たら彼らは少し落ち着いたようで、のびのびとしながらそれぞれ写真を撮っていた。後でInstagramにでもアップするのだろう。そこは全国共通の若者らしい振る舞いだった。
「アヤさん、一緒に写真を撮りましょう」
と言われて、4人で一緒に撮った。

結構な距離を自転車で移動して疲れていたと思うので、14時には寮に帰った。
「アヤさん、今日はアリガトウございました。とても嬉しかったデス」
Rが代表して笑顔で話す。マジメで積極的にメモを取り、私によく話しかけてくれる。日本語も一番できて、リーダーシップが取れる子だと思う。彼はインドネシアで面接した時に、最後に号泣していた子だった。
Aは一番年上だけど、インドネシア人なのに辛いものが苦手ないじられキャラだ。身体も華奢で建設業の過酷な現場仕事は大丈夫かと心配になるけど、面接の最後に胸をドンと叩き「ガンバリマス!」と言った事を覚えている。あの時の気合い、私は忘れないよ。
Cは見るからにヤンチャな男の子だ。この子は唯一現場仕事経験者で、体格もしっかりしている。人より前に出たがる姿勢と、イスラム教徒なのに「ブタニク食べマス」と言ってしまうユーモアもあってなかなか面白い子だ。
3人が笑顔を向けて私に「アリガトウゴザイマス」と言ってくれた。ああ、3人が来てくれて本当に良かった。この笑顔が見れて私は心から幸せだ。
「私もすごく楽しかった。今日はありがとう。何かあったらいつでも言ってね。あと、喧嘩はなるべくしないでね」
と言って寮のエントランスの前で別れた。
私は彼らのIbu Jepang(日本の母) に近づけただろうか。
その日はとても風が強かったけど、私の心はポカポカと温かい気持ちになった。
*
(余談)
この日の夜、私は友人と飲みに行ったのだが、一仕事終えた感があったのか、いつもより飲み過ぎて途中から完全に記憶を失くしてしまった。どうやって帰宅したか全く不明で、朝方スマホがナイナイと騒ぎに騒いだら、家の敷地内の外に放置されていた。怖っ
