お葬式が好き
私が自分の事を自分で「不謹慎」だと思うことの一つに、タイトルの「お葬式好き」というのがある。
先週末、note オフ会と称してポッキー三姉妹で夏のカンパリをしてきました。

何杯目かのカンパリw


カンパリをしながら、
「インドネシアの記事良かったよー」
と言われて喜んだのち、
「最近は真面目記事が続いたから、次はお葬式が好きって話を書こうと思ってるんだよねー」
と言ったら隣にいた青い花さんが、
「それわかる、私もお葬式好きかも」
と言われて2人で盛り上がっていたら、前にいた夏木凛さんが
「ちょっとよくわからない。ごめんなさい、まだ私はその域には達していません」
と言ったので、青い花さんと一緒に葬儀屋をやろう!とキャピキャピしながら、ダメ押しに私が、
「喪主をやりたいから離婚はしないんだよねー」
と放つと、夏木凛さんがスマホを取り出して、
「喪主をしたいから離婚はしない、そんなこと聞いたの初めてなのでメモっときます」
今後彼女のnoteでこの話題が出ることを楽しみにしてます。
*
さて、インドネシアに行く3日前に私は親戚のお葬式のために大阪まで行ってきた。
「そんなわざわざ遠くまで行かなくても」
という声も聞かれたけど、私は行きたくて行ったのだ。それは故人とのお別れもあるけど、単に私がお葬式が好きだからもある。
お葬式の何がそんなに魅かれるのかわからない。
恐らく私自身、身近で大切な人の死を経験してないが故の好奇心からなのか、はたまた以前私はこのような記事↓を書いていて、この時の客観的な視点が起点になっているのではないかとさえ思える。(↓久々に読んで泣いてる私w)
しかしながら、私は今回親戚のお葬式に行ってやっぱりお葬式が好きという事を再確認してしまったのだ。
◾️笑ってはいけない状況で笑わずにはいられない瞬間が訪れる
私の理想はどんな時でも笑いを求める人間でありたい。
そうは言っても、一般社会では時に絶対に笑ってはいけない場面があり、それは例えば大晦日だったりお葬式だったりする。
私がかつて「失笑」してしまった3つの例を挙げてみる。
・お経が途中から歌になって、最後は誰がどう聴いても「千の風になって」の替え歌を熱唱していた。→リサイタルじゃねんだよw
・坊主が葬儀前日に(恐らく酔っ払って)転んで、顔中傷だらけだった。→坊主が酒飲んでんじゃねーよw
・久しぶりに会った親戚が、告別式に派手派手なホストスーツで現れたにも関わらず、誰も何もツッコまず大人の対応をしていた。→誰がどう見ても朝まで仕事してきたホストなのに、みんな普通に対応しててウケたw
そして今回起きた笑いがコチラ↓
遠方のお葬式で慌てて行くも途中で迷ってお通夜には間に合わず、その日は参列者と一緒に夜中1時まで飲み歩き、翌日二日酔いで顔がパンパンのまま告別式に参列しようとするも、喪服のジャケットしか持ってこなくて慌ててズボンを買いに行った。←エニキー!!!
もうさ、イトコのお姉ちゃんが言ってた。
「お葬式にトラブルはつきもの」
「面白いからいいじゃん」
「故人も笑ってくれてる」
■ お葬式を「飲み会」みたいな軽いノリで行ってもいいのか?
故人的にはわからないけど、個人的にはいいと思う。
私の親戚はとても仲がいいのだけど、きっかけはコロナ禍の時に行われた親戚のおじさんのお葬式だった。ここぞとばかりにイトコ達が集まって、10年ぶり、20年ぶりの再会でグループLINEを作り、今では30人以上と繋がっている。これを不謹慎と言う人は言うだろうが、喪主の叔母さんが言っていた。
「このお葬式を機に皆が集まってくれて、繋がってくれて、主人も天国で喜んでくれてると思う」
それは叔母の本心だった。
正直、悲しみの渦中にいない人がお葬式に参列するのをよく思わない人もいる。
私の夫にも言われた。
「あなた達みたいな親戚って、悲しみの中にいる遺族にとっては迷惑極まりないと思う。飲み会のノリで葬式に出るなんてサイテーだよ」
正直ムカついたけど、まあそれは世間一般の意見だと思う。悲しまない奴は葬式には来るな的な、ファンじゃないならロックTシャツは着るな的な。
でもね、私は別に悲しくない人も葬式に行くのはありだと思う。
もちろん、ファンじゃなくてもロックTシャツも着ていいのと同じように。(しつこいよw)
だってさ、思う事は本来自由で、お葬式をちょっとしたイベント的に行く人がいてもいいと思うんだよね。
■ プロフェッショナルな葬儀人たち
色々な葬儀に参列していると、葬儀人達のプロフェッショナルなお仕事を見るのもちょっと面白かったりする。
死化粧ちょっとやりすぎじゃね?
とか
お経独特じゃね?
とか
司会のアナウンス語尾伸び過ぎじゃね?
とか
花多過ぎじゃね?
とか
火葬の火力強くね?
とか
喉仏って肩甲骨じゃね?
とか
それらを見て面白いと感じても、いいと思うんだよね。
故人を偲んで、丁寧に、厳かなお別れの儀式を演出してくれる葬儀人さん達を、私はカッコいいとすら思うんだよね。
*
生きる事と死ぬ事はセットで、私達は常に死に向かって生きている。
その最期の時、いやもう最期というか死んでるから自分には見えないのだけど、私自身は出来る事なら笑って見送って欲しいと思っている。
そのために喪主である息子に(私は夫の喪主をするので夫よりも先に死なないから喪主は息子と決まっているw)、今から私は伝授している。どうやって参列者を笑わせるかを。
「とりあえず、お経はラップでいいんでしょ?」
一つ、二つ、三つと笑いを散りばめたお葬式を、私はあの世から見てるからな。
頼むよ、息子
