【ショートショート】わたし書くの、読むために。
わたしは本が好きだ。
でも、文字列がまっすぐに見えない。
いつも定規をあてて読む。
だから、紙の本じゃないと読むのが難しい。
それでも難しい本は頭に入らない。
そんなとき、わたしには秘策がある。
ノートにそのまま書き写すのだ。
そうすると、頭に入る、気がする、なんとなく。
「いろはさん!何読んでるの?」
わたしは通っている就労移行支援施設で、同じく利用者のいろはさんに声をかける。
「何って……見ての通り就職四季報です」
「へぇ〜!それっておもしろい?」
「面白いというか、企業研究のためですよ」
「ふーん、わたしも読みたいな!」
いろはさんが「休憩時間の間なら」と本を貸してくれた。
さあ、ノートに書き写そう。
企業名、会社概要、業種、募集職種、……
読めない漢字もたくさんある。
でもとにかく、書き写しまくる。
ノートはやっぱりいい。
だって、横に線が引いてあるから。
文字列がばらばらに見える私でも、比較的まっすぐに見えやすいのだ。
リーンゴーン。
休憩時間終了のチャイムが鳴る。
気づくといろはさんが横に立っていた。
「一個一個書き写してるんですか?どれだけ時間かかるんですか、それ」
いろはさんは、わたしからひったくるように本を持っていってしまった。
夜に妹が帰ってきて、報告を受けた。
「お姉ちゃん、私結婚するから」
「ええっ、お、おめでとう!」
いきなりのことで驚いた。
どうやらお母さんには、付き合っている彼氏のことは前々から話していたらしい。
「結婚式も来てもらうけど、くれぐれも変なことしないでよね」
釘を刺される。
でも、変なことってたとえばなんだろう……?
結婚式なんて出たことがないからわからない。
あとでお母さんに聞こう。
しばらくして、隣の部屋で妹が荷造りをはじめた。
1冊の本を持って、妹がわたしの部屋に入ってくる。
「お姉ちゃん、この本いらないからあげるよ。わりと面白かったよ。お姉ちゃん本好きじゃん」
「いいの?ありがとう」
あらすじを読むと、作家を目指す図書館司書の物語らしかった。
難しそうだ、でも書き写そう。
せっかく結婚する妹がくれたものだから。
読み進めると、こんな一節が目に入った。
「言葉は花束になる。贈ることで、相手を喜ばせることができる。わたしはそんな言葉を紡ぎたい」
そのときだった。
ぐらぐらと家が横に揺れはじめた。
とっさに机の下に入る。
ばさばさと本棚に入れた歴代のノートたちが落ちる。
揺れが落ち着いたころ、わたしはノートを拾い上げた。
今のノートは219代目だ。
歴代の218冊のほとんどが床に散らばってしまった。
なんとはなしに、読み返す。
そういえばわたしはノートを読み返したことがなかった。
いつも書いて理解するのに必死だから。
そこには、宝物があった。
言葉たちのひとつひとつが、輝いて見えた。
ここから妹に贈る花束を作ろう。
姉からのプレゼントとして、手紙にしよう。
変じゃないよね?
きっと大丈夫。
だって、こんなにすてきな言葉たちなんだから。
(1,200文字)
