美味しかったっていうやつ
3番目の息子が、4月から高校生になってまた
弁当作りが始まった。
基本的に夫と自分の弁当は、ずっと作っているけれど、子供が加わると熱量がかわる。
料理は得意ではないし、レパートリーは少ないけれど、それでも冷凍食品は一回2品までと自分を律したり(人から見たら甘いのか?)いくつかは作り置きもして毎日挑んでいる。
長男は帰ってきて、弁当箱は催促されないと出さないし、ごちそうさまとは言うが味の感想を話すことはほとんどなかった。
あまりつまらないのでたまにインパクトをくわえると、
「あのさ、一段目米、二段目ビーフンって結果米しかないよね?」とご意見を頂く。
反応がほしくて、より攻めていき意見が注意になることもあった。
次男は必ず
「美味しかった。ごちそうさま!」と言う子供だった。ただ、このトラップに甘んじてはいけない。優しい顔で、冷凍食品をピンポイントで褒めてきたり、(本当に優しいなら手作りを褒めてほしい)食べきれないおにぎりの処分にこまり、クローゼットに隠して一定の時を経て、見覚えのあるアルミホイルの玉をゴロゴロ見つけたときには事件であった。
で、三男である。割と几帳面なため弁当箱はすんなり出す。割と律儀なので「ごちそうさま」とも言う。しかし、淡白。
まあでも、こんなもんかと思っていたらある日
「弁当うまかった!ごちそうさまでした」
と言った。驚きである。姑もざわつく。
「今、美味しかったって言ったよね?!
初めて聞いた!何、入れてあげたの?」と
食いついてきた。すると、いつも礼儀正しい
夫が、いつも必ず美味しかったよ、ごちそうさまと声をかける模範生の夫が、
「特別なものはないよね、いつもの普通のやつだよね」と言ってきた。失言である。
本性ここにあり。株は下落。
正解は「いつもの美味しいやつ」ではないか。
人の虚飾の剥がれ落ちる瞬間であった。
話はずれたが、その後もたまに三男は
「美味しかった」と言う。しかし、何が三男に
そう言わせるのかしばし探究を続ける日々。
そして、私は確証を得る。美味しかったの日には、必ず「ピーマンのジャコ炒め」があった。
細切りピーマンをごま油で炒める。しんなりしたらちりめんじゃこを投入。めんつゆとみりんをぐるり。馴染んだら、鰹節をバサッと。
ゴマをパラパラ。の簡単メニューが、息子に
バズっていた。
「あれ、入ってるとちょっと上がる」
のだそうだ。わからないものだなあと思う。
喜ぶだろうより体のためと入れたメニューが
ヒットしたりする。
今日も20個のピーマンを炒める。オケを泳ぐ緑のボートが混み合っている。
お母さんなんて、単純だ。
いつでも子供からのいいねばかりを求めて、
喜んだりしているのだから。
幸せなんて簡単になれる。
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お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。