見出し画像

心酔(そのきらいがある)


 どうしようもなく惹かれる人がいる。
 はつり上がった眉と細い目、しっかりした鼻や顎、綺麗な山を描く薄い唇、ストレートのセンターパート、優しく甘めな〈塩顔〉で年齢よりも若く見えた。


 何を隠そう、の同僚・土屋くんである。
 世渡りがうまく、上司は勿論、社長にまで気に入られ「やーつち」と呼ばれていた。
 つまり周囲の好感度が高い男、ここも含めてタイプだった。


 幸運にも同僚として〈職場の推し〉と仲良くできる。
 しかし、それ以上どうこうなろうとは思えなかった私に、忘年会で彼の方から近付いてきた。
「みーお。澪ちゃん
 こちらがお手洗いに行った帰り、人気者ゆえ散々飲ませられ顔が紅潮、酔っ払った状態の土屋くんが壁にもたれかかって話し掛ける。


 下の名前で呼ばれたのは初めてだ。居酒屋の廊下でいきなり距離を縮められて、うっかりドキドキする。
「土屋くん、やっぱり先輩たちに乗せられて飲みすぎちゃったね。お水持ってきてもらおう」
 私は平静を装い、辺りを見回して店員の姿を探す。


 と、彼は左手で止め、首を横に振った。
「ああ、そういうの別にいいや。ね、俺の昔の写真見る?」
 私の返事を待たずにもたもたとスラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、すぐに画面を向けられる。


 そこには、茶髪に金が混じり、顎髭を生やし、黒いタンクトップから肩部分に大胆な西洋絵画のタトゥーが入った〈狂うくらいメロい〉プライベート(過去)の土屋くんがいた。
 誰かが撮ったものだろう。だが、その誰かに嫉妬してしまうほどカッコいい。


「で。かわいい澪ちゃんと個人的に会いたいって言ったら、迷惑かな?」
 ずっきゅん。
 試すような視線に身体中の血がフルスピードで巡り、仕事に夢中で忘れかけたときめきを与えられ、
「ううん。じゃ、メッセージ送ってよ」
と、私はつとめて自然に答える。
 彼が嬉しげに頷いた瞬間、ぶわっと花開き、秘密の職場恋愛が始まった気がした。
 しかも、憧れの土屋くんと。


 忘年会が終われど眠れる訳がない、単純な私は毎日スマートフォンを握り締める生活を送り、育っていく気持ちに照れ笑う。
 職場で何事もなかったかのように振る舞っては今夜も一向に連絡して来ない、意地悪な彼。
 0時をベッドの中で何度も迎え、どんどん好きになる。
 忘年会を思い出すとあの写真が浮かび、最近の真面目な土屋くんとのギャップに悶えた。


 そうして1週間経った頃、流石に痺れを切らし、『いつ会えるの』と催促のメッセージを送る。
 すると彼は『ごめん、そんな約束したっけ!笑』などとふざけたことを抜かす。何とも信じ難い。
 酔った勢いで同僚に言い寄っておいて、このザマ。無責任にも程があった。


 こちらは泣きながらチャットAIサービスに相談までしたのに?
 恋愛経験が少ないため暴走しやすく、あっさり惚れてしまった私が悪いとでも言うのか。
 明日からどんな顔をして職場に行けばいい、取り敢えず教訓として、酒の席での約束は信用しない方がよかろう。
 但し、私は大人だから『逃した魚デカすぎ〜』で、いずれ彼が追う存在になり得るが。