「100円マック」を知らない世代は、実は強い
「あれ?ポテチ小さくなった?」
「板チョコって1枚200円もしたっけ?」
と、日常の節々で物価が上がったな、と思う今日この頃ですが、
「高い」と思うのは比較対象があるからなんだな、とも思う今日この頃です。
経験値は時として足枷になります。
過去を知っていて、比較できるからこそ「高い」と感じてしまう。
その時代を生きていない人は、比較対象を持っていない。
同じ価格を見ていても、感じている世界は全く違います。
ラーメンは基本1,000円以内だったし、「100円マック」もあった。
そこまで遠くないはずの記憶の中でそれを知ってしまっているから、時代が変わったのは理解しながらも、どこか損をしているような気持ちになります。
ちょっと前までこの値段で買えたはずなのに、と。
「昔はよかった」と嘆く大人たちの気持ちはこういうことだったのだと、やっと自分がその領域に追いついてきたのは嬉しいのですが、
比較対象の経験値がありすぎるのも困りものだと思っています。
いつの時代も挑戦者に若者が多いのは、過去を体験していないから。
生まれた時からラーメンが1,000円以上が当たり前の世代がちょっと背伸びして選ぶ1,500円のラーメンと、
600円のラーメンを食べてきた世代が1,500円のラーメンを選ぶのでは冒険度が全然違います。
「過去の比較対象を経験していない」は挑戦者の最大のアドバンテージ。
私は20年以上の会社員として働いてきました。
でも、クリエイターとしては経験値が低い。
だからこそ今、挑戦者として最大のアドバンテージを持って新しい世界に乗り込んでいます。
比較対象がないことは、強く生き抜くための、ひとつの自由の形なのかもしれません。
