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【家族旅行】2年間で描いた、私たち家族の旅の地図

― 不登校と向き合いながら、生きる力を集めた旅 ―

2023年11月22日。
私たち家族は、未来に小さな印をつけた。

「来年の結婚記念日、ディズニーに行こう」

それは、がんばるための約束ではなかった。
希望というより、「目印」に近かったと思う。

先のことが見えなくなりがちな日々の中で、
とりあえずここを目指そう、という印。

そのときはまだ、
それが家族の地図の始まりになるとは知らなかった。


最初の印|2024年1月・盛岡

イーハトーブの世界で、銀河鉄道を待っている。

はじまりの旅は、岩手・盛岡だった。

小岩井農場のイルミネーション。
櫻山神社、北のチョコレート工場。
盛岡駅で連結する、はやぶさとこまち。

ただ楽しくて、ただ新鮮で。
「家族旅行っていいね」と笑い合えた、それだけの旅。

旅の記録
・移動:車(一般道)
・宿泊:アートホテル盛岡

この旅のあと、娘の不登校が始まった。
「昨日まで普通に行けていた場所」に
急に行けなくなるという現実が、確かにそこに存在した。

この瞬間、私たちの地図は変わった。
観光のための地図ではなく、
生きるための道しるべになった。


旅が、日常をつないでくれた

学校に行けない日々が続く中で、
「次はどこへ行こうか」という話題が、
不思議と家の空気をやわらかくしてくれた。

行けるかどうかは分からない。
キャンセルするかもしれない。
それでも、「考えること」自体が希望であり、純粋に楽しかった


2024年3月|弘前

おらほの岩木山がいちばん。

城下町の静けさに、気持ちが落ち着いた旅。

弘前城の敷地をゆっくり歩き、
岩木山神社で深呼吸をする。
嶽きみソフトの甘さに、少しだけ笑顔が戻った。

旅の記録
・訪問:弘前城、岩木山神社、嶽きみソフト
・移動:車(一般道)
・宿泊:アートホテル弘前

「全部楽しめなくてもいい」
そう思えるようになったのは、この頃からだった。


2024年5月|仙台

いくら時間がかかっても、道は、確かにつながっている。

夫が風邪をひくという予想外の出来事。
それでも、旅は中止にしなかった。

完璧じゃなくても、
予定通りじゃなくても、
「行けた」ことが大切だった。

旅の記録
・訪問:定義山、IKEA
・移動:車(三陸道・一般道)
・宿泊:実家

不登校の日々は、
成功体験や共通体験が圧倒的に少なくなる。
だからこそ、「できた」を一つずつ拾い集めていく。


2024年7月|秋田

メトロポリタン秋田、ノースウィングに続く道。

男鹿水族館、寒風山、入道崎。
自然と動物に触れた旅。

刺激が多い場所では、疲れやすい。
でも、広い景色の中では、
子どもたちの表情がふっと緩む。

旅の記録
・訪問:男鹿水族館、寒風山、入道崎、大森山動物園
・移動:車(一般道)
・宿泊:ホテルメトロポリタン秋田

「楽しかった?」と聞かなくても、
その表情で十分だった。


泊まらない旅も、地図の一部

童話村の森ライトアップのはじまり。

2024年10月、花巻へ日帰りで。

泊まらない。
無理をしない。

それも、立派な選択だった。

旅の記録
・訪問:宮沢賢治童話村イルミネーション、未来都市銀河地球鉄道、マルカンビル大食堂
・移動:車(一般道)
・日帰り

「できないこと」を減らすより、
「できる形」を探す。
それが、私たち家族の旅のルールになった。



大きな印|修学旅行

2024年6月。
不登校だった娘が、修学旅行に参加できた。

6年生になるとき、
「修学旅行は行く。」と強い意志表示をした。

その言葉を、その気持ちを、反芻するように
家族全員同じ方向に、日々を歩んでいった。

地図の中でも、
ひときわ太く、濃い線が引かれた出来事だった。


約束の場所|結婚記念日ディズニー

ホテルから見る、夢の世界と、その先。

2024年11月22日〜24日。
1年前に描いた印に、私たちは辿り着いた。

初めての家族で乗る新幹線。
初めての長距離移動。
人の多さ、音、情報量。

不安がなかったわけではない。
でも、「行く」と決めた。

旅の記録
・訪問:東京ディズニーランド、ディズニーシー、浅草
・移動:新幹線、電車
・宿泊:グランドニッコー東京ベイ舞浜

「できた」
その感覚は、
この先の地図を描く勇気になった。


地図は、広がっていく|2025年

ディズニーを越えたあと、
旅は挑戦ではなく、日常の一部になっていった。

2025年5月|岩泉~松島~仙台

地底湖「ドラゴンブルー」の深く明るい青。

龍泉洞、松島、仙台市科学館、伯父のお見舞い・親友との再会。
観光と人生が重なる旅。

旅の記録
・訪問:龍泉洞、松島、仙台市科学館
・移動:車(三陸道、一般道)
・宿泊:実家

2025年6月|仙台(息子とふたり)

6月、伯父が亡くなった。
息子とふたりで、お葬式に参加するための仙台の旅。
20年以上ぶりに、父・母・兄2人・私の全員が揃って団欒をした。

観光はない。
けれど、この旅もまた、確かに地図の一部。

2025年7月|函館

函館の夜景が、時を重ねる。

息子の体調不良でのキャンセルを2度乗り越えた、3度目の正直。
娘の修学旅行先の土地を、家族でなぞるように歩いた。
娘がまだおなかにいた時に、夫婦で最後に来た土地でもあった。

旅の記録
・訪問:金森赤レンガ倉庫、函館朝市、まるかつ水産、トラピスチヌ修道院、函館空港、ラッキーピエロ、セイコーマート、ハセガワストア
・移動:新幹線、路面電車、バス
・宿泊:ラビスタ函館ベイANNEX 、ホテルマイステイズ函館

娘の成長の軌跡を、家族が同じ景色として共有できた旅だった。

2025年8月|秋田~鶴岡

揺らぎながら、生きていく。

この旅で、私たちは初めて「延泊」を経験した。

決められた予定に縛られず、
体調や気持ちに合わせて動く。
そんな旅の仕方が、自然にできるようになっていた。

旅の記録
・訪問:道の駅たみっと、角館、千秋公園、あっぱれ寿司、加茂水族館
・移動:車(一般道)
・宿泊:EN HOTEL AKITA、ドーミーイン秋田

「今日はここまででいい」
そう言えるようになったこと自体が、
家族の成長だった。

2025年12月|盛岡

過去と未来と「今」を連結する。

始まりの場所へ、もう一度。

旅の記録
・訪問:福田パン、ヤマト、盛岡天満宮、フェザン、hina、北のチョコレート工場、燦々クレープ
・移動:車(一般道)
・宿泊:アートホテル盛岡

同じ街、同じホテル。
でも、家族の景色はまったく違っていた。

旅のスタートであり、ゴール。
そしてまた、ここから旅は始まっていく。


旅が、「家族の地図」となった。

心の地図を、広げてみよう。

旅は、特別なことをする時間ではなかった。
生きるために、次の一歩を探す行為だった。
暮らすように、2年間、私たちは旅をしてきた。

不登校という現実の中で、
明日の予定を立てることすら難しい日があった。
それでも「次はどこへ行こうか」という話だけは、
家族の中から消えなかった。

八戸、盛岡、弘前、仙台、秋田、鶴岡、花巻。
ディズニー、函館。
すべてが同じ地図の上に並んでいる。

楽しい旅だけではなかった。
思い通りにならない日も、
行けるかどうかわからない朝もあった。
それでも、その一つひとつが
「ここまで来られた」という印になって残っている。

未来は、遠くを見る必要はなかった。
小さな印を、ひとつ先に置くだけでよかった。
それが、今日を生きる力になった。

そうして重ねた時間が、
いつの間にか、家族の地図になっていた。

この地図は、完成しない。
これからも、少しずつ書き足しながら、
家族と一緒に広がっていく。

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