スナック社会科vol.7「応答と呼応ーー緊急寄稿を終えた山本浩貴さんにお話を聞く」が終わりました。
昨日は会場と配信でご参加いただいた皆さま、誠にありがとうございました。また、ご参加できずとも拡散にご協力いただいた皆さまもありがとうございました。
アーカイブは7/6(土)までご購入・繰り返しのご視聴ができますので引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
また、ご感想もどうぞお寄せください。忌憚のないご意見をお寄せいただければと思います。
当初、一部・二部で分けて話す内容の大まかなテーマなどを設定していたのですが、それを前半に圧縮して参加者の皆さまから寄せられた応答に全部応答しても良いのではないか、と山本さんからご提案があり、あのような形になりました。本当に皆さま、其々が真摯に向き合って自分の言葉を絞り出してくるような応答が寄せられて、それにちゃんと応えようと時に苦悶の表情を見せる山本さんの姿を見て、やって良かったな、と思いました(ただ、「応答」の読み上げに「ぼくもやりますよ」って言ってくださった事に即乗ってしまって声まで枯らさせてしまって、山本さんにはご負担をおかけしました。申し訳ありません。ご負担をかけておきながらなんですが優等生もほどほどに…と思いました。)
今回の大きな反省点として、事前の資料共有に併せてグラウンドルールとアクセシビリティについてのご案内も配布もする予定だったのですが、完全にすっぽ抜けていました。参加が不安になった方もいらっしゃったと思います。完全に私の不手際です。申し訳ありませんでした。
また、山本さんの緊急寄稿の中で第3回において指摘を受けて修正、追記したこと、皆さまからの応答に応えていく中で、山本さんへのお手紙という形で応答をお寄せくださった早尾貴紀先生からのご指摘について、山本さんをリスペクトしたうえで丁寧にご指摘くださった早尾先生のお手紙に、SNS上だったら決裂や潰し合いになってしまうようなことでもあると思うのですが、受け止めて反省して次に繋げることができる場というものが重要だと思いました。早尾先生と同じようなご指摘は事前にXで他の方からも引用という形で頂いていて、X上で応答すべきか悩んだのですが、早尾先生への応答がご指摘いただいた方への応答にもなるかな、と思って投稿への直接の応答はやめたという事もありました。納得のいく答えではなかったかもしれませんが届いていたら良いなと思います。ご指摘ありがとうございました。
そして、応答をお寄せくださった早尾先生、誠にありがとうございました。今回の山本さんの寄稿は、門外漢がどう対峙していくか、ということを筆者の山本さんだけではなく読者も考えるものであったと思うのですが、早尾先生の引いてくれたサイードの「アマチュアリズム」の言葉は山本さんを(私含め参加者の方をも)力付けるものだと思いました。
(サイードのいう「アマチュアリズム」については以下参照)
(略)その蔓延ぶりにもかかわらず、そうした圧力にゆさぶりをかけることはできる。そのようなゆさぶりをかけるもの、それを私はアマチュア主義(アマチュアリズム)と呼ぼう。アマチュアリズムとは、専門家のように利益や褒賞によって動かされるのではなく、愛好精神と抑えがたい興味によって衝き動かされ、より大きな俯瞰図を手に入れたり、境界や障害を乗り越えてさまざまなつながりをつけたり、また、特定の専門分野にしばられずに専門職という制限から自由になって観念や価値を追求することをいう。
他に反省点としては冒頭に言うようにしている私が難聴であることを言い忘れてしまったので、初めてスナック社会科に参加される方には聴者であればぜんぜん聞こえる音量と距離なのに何度も聞き返す姿がゲストに対して失礼に見えたかも知れません。そういう事情によりますので、遅ればせながらご承知おきのほど。
相変わらず司会進行がド下手くそでお聞き苦しい点も多々あったかと思いますが、気になった点がございましたらどうぞご遠慮なくアンケートフォームからお寄せください。
また終わりに紹介があった重版が決まった小田原のどかさんとの共編著書「この国(近代日本)の芸術 〈日本美術史〉を脱帝国主義化する」は、少々お高いものの執筆者と内容・ボリュームを考えたらむしろお安いくらいなので、是非、書店や図書館へ。
美術史の脱帝国というプロジェクトを通して見えてきたことは、帝国のロジックはそれが打ち立てた偶有的なヒエラルキーに立脚して命の選別を許容する論理であるということだ。そして、そのロジックは実質的に帝国が崩壊した後も、転移された精神の植民地主義という形式で命の選別を止めることはない。冒頭で言及した人種差別、すなわちレイシズムは精神の植民地主義が現代の病理として具現化されたグローバルな現象であり、レイシズム研究の梁英聖は、「レイシズムとは、人種化して、殺す(死なせる)、権力である」と明言していることは重要である。
(中略)
「無関心という名の暴力」ー帝国主義と植民地主義が後世に残した遺産、そしてそれらを温存し続けている帝国のロジックと格闘するうえで、これ以上に私たち、とりわけ筆者を含む「旧植民者」たちが自身の心から知恵と勇気によって追放しなくてはいけないものはない。今回の飯山作品に対する検閲、そして、それを見て見ぬふりを続けることで許容しているこの国(近代日本)の社会にも、歴史否定とレイシズムを温存している帝国のロジックが深く浸透し作動している。だが、私たちは決してニヒリズムに陥ることなく、これからもこの帝国のロジックに対して、粘り強い抵抗を組織し続けなくてはならない。本書がその一助となれば幸甚である。
山本浩貴執筆章「おわりに」のおわりに829Pより
改めて、ご出演いただいた山本浩貴さん、本屋ライトハウス店主関口さん、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました!
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いつか乾杯しましょう!