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文章を続けていて良かったと思えるとき

文章を書く作業は孤独なものだ。

一人PCに向かい構成を練り上げ、できあがっても反応はほとんどない。

そんなことが重なるとつい思ってしまうことがある。これ、続けている意味あるのかな、と。

しかしだ。

たまーに、ご褒美のような嬉しい出来事が起こるのだ。


まさかのスピーチ

「結婚式の友人代表スピーチを頼みたいです!」

突然のLINEの内容に、スマホ画面を二度見した。

送ってきた友人はネットから関係が始まった人で、僕と同じようにクリエイター気質を持つ、大切な仲間だ。

なので、当然僕の文章を知っている。なんなら、仲良くなったきっかけも僕がデイリーポータルZに記事を寄稿したことだった。

快諾の返事を送ったあとに腕を組む。

つまりだ。

彼は、僕の「文章力」を買ってスピーチをお願いしてくれたということになる。

超えるべきハードルが身長よりも高く思えた。


やってやろう

とはいえだ。僕も文章にはそれなりに向き合ってきた自負はある。

まずは手を動かしてみよう。

脳内でスピーチの構成を積み木のように形作っていく。

数日後、できた。

一晩寝かせてからの朝、通勤しながら脳内で再生してみた。

足が止まった。

「うわ、こいつ自分語り多すぎないか……」

そして気づいた。

結婚式スピーチ、バランス難しすぎん??


立ちはだかる制約

まず、友人代表スピーチの主役は「友人」だ。だから、重要なことは「友人の魅力」が伝わるようなスピーチを作ることだ。

しかし、「友人代表」なので、自分の紹介もしないといけない。でないと「キミ誰?」って思われてしまう。しかし、主役じゃないので自分を出しすぎてはいけない。

また、友人だけに響けばいいものではなく、みんながわかる内容でないといけない。内輪ネタはやめた方がいいだろう。家族や上司もいるので、際どい話や周囲を下げる話ももちろんNGだ。

これらの条件を満たしながら、周りの人に面白がってもらう内容に仕上げないといけない、と。

さらに、3分間という制約もある。

そのうえで、僕の場合は文章力を期待されている特典付きだ。

あれ? これ、結構ハードモードなのでは?


やってやりますよ

しかしですよ。

文章の構成には人一倍苦しみながら試行錯誤してきた自負がある。

こちとら誰もスポットライトを当てない題材を書き続けてるんですよ。

地味な題材を扱うときに毎回ぶつかる壁が、「どういう風に書けばこれを面白がってもらえるか」だ。

水位警報器やけなげ組、さらには公園の銅像やレンガ片まで、ニッチなものを書いてきた経験は人一倍ある。

それに比べれば、結婚式のスピーチなんてキャッチーなネタそのものではないか。


こうして、毎朝会社への行き道で脳内会議を繰り広げる日々が始まった。

最初はバラバラだった構成は、日を重ねるごとに固まっていった。

最初にウケを取って和ませ、次に自分と友人の関係性を軽く紹介する。

そこから僕から見た彼のエピソードを散りばめていく。

友人の魅力を伝えながらも、テンプレートではなく自分の言葉で、おめでとうの気持ちを織り込んだ。

さらには、友人だけに通じるキーワードをさりげなく入れたりもしたり。

これなら、いける。

1週間前からは、通勤路で小声を出して練習するようになった。


本番へ

そして当日、スピーチの時間がやってきた。

正直、めちゃくちゃ緊張した。ここまで固くなったのはオモコロ杯の結果発表を見たとき以来だった。

「ただいまご紹介にあずかりました――」

話しているときは夢中で、細かいことは覚えていない。

覚えているのは、思った以上に笑いどころで皆さんに笑ってもらえたこと、スピーチ中に新郎新婦とちゃんと目が合ったこと、友人の上司がニッコニコでこちらを見ていたことぐらいだ。

「お二人の末永い幸せを願って、私のスピーチとさせていただきます」

早口になってしまったのは反省だが、とりあえず話したいとおりに話せた。原稿を手元で広げながらも、一度も見ずに最後までいけた。

役目を終え、席について5分ぐらいボーっとした。周回遅れで胃がシクシク主張を始めた。


式の終わりが近づいたころ、友人がこちらの席に来てくれた。

「スピーチ頼んで本当によかったよ!」

文章を期待してもらい、それに対し全力で作り上げたものを喜んでもらえた。

そんな嬉しいこと、なかなかない。

その場でガッツポーズしてジャンプして飛び回りたくなった。


文章を書くという行為は孤独なものだ。

しかし、続けていると、ときに孤独でなくなることがある。そういうときに、自然と思えるのだ。

また、続けていこうと。

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