取引先を絞ったら売上が減り、利益が増えた。返品率10%は「枠内」でも取り分を半分にする
season1:No.8
アクセサリー卸会社の選択と集中。売上ランキングは、実質の利益を見せない
取引先を絞った年、会社の売上は落ちました。手元に残る利益は、増えました。
種明かしは一つの計算です。1社で年間240万円を納めるアクセサリー卸の取引先でも、返品率が業界で「枠内」とされる10%あるだけで、実質の取り分は50万円から27万円へ、ほぼ半分に縮む(数値は後述のモデル計算)。
売上のランキングは、この景色を見せません。今日は数字で示します。
売上で評価する限り、利益を食う取引先は見えない
「あの得意先は大きい」。業界でこの言葉が指すのは、ほぼ例外なく売上の額です。営業の評価もたいてい納品額で決まります。
けれど会社を回しているのは、売上ではなく、一個ずつの限界利益(一個売って手元に残る利益。売価から仕入れや運賃などの変動費を引いた残り)の積み上がりです。月の利益 = 一個の限界利益 × 売れた個数 − 固定費。この式に、売上の総額という項はありません。
だから、納品額は大きいのに利益への貢献は下位、ときにマイナスという取引先があり得ます。売上だけを見ている限り、それは絶対に見えない。見えないものは絞れません。売上至上の評価軸は、それ自体が「絞れない構造」を作っています。
返品は「在庫が戻る」ではなく「仕入値が消える」
限界利益を後から削る、いちばん見えにくい犯人が返品です。私は返品ありが基本条件の卸を営業職として2社経験しました。以下は分析ではなく、現場で見たことです。
真鍮や亜鉛合金にメッキをかけた定番素材は、店頭で時間を過ごすうちに変色します。戻ってきた頃には商品価値が落ち、多くは廃棄するしかない。つまり返品は、在庫が戻ることではなく、払った仕入値が消えることです。
さらに帳簿に載りにくいコストが乗ります。戻った現品を受け取り、検品し、廃棄を判断する人の時間です。買取が基本条件なら、この人件費はそもそも発生しません。返品ありと買取の差は率だけではなく、売れ残りを処理する時間が片方にだけ乗る。この差が、利益の薄い商売では効きます。
私の会社は買取を基本条件とし、返品前提のチェーン店とは結果としてフェードアウトしました。当時は売上を手放す痛みでしたが、いま振り返れば、利益を食う取引を手放しただけでした。
返品枠が壊れると、売上の数字が嘘をつき始める
返品5〜10%の枠を設ける設計自体は健全です。問題は、返品ありが基本になると、事情が重なって枠を超えていくことにあります。
枠がオーバーしそうなとき、現場で何が起きるか。担当営業が、システムに計上されない手書きの仕切書で現品を送り、動きの悪い商品と良品を相殺で入れ替えることがあります。表向きの返品率は枠内に見えて、実態はシステムの外で在庫が入れ替わっている。
誰かが悪人という話ではありません。売上で評価される以上、現場が合理的に選んでしまう帳尻合わせです。怖いのは、これが後任に引き継がれ、理由の書かれていない数字だけが残ること。売上データが現実を映さなくなれば、「どこを絞るか」の判断そのものができなくなります。数字を取引先ごとに組織で共有する仕組みは、不正を疑うためではなく、評価できる数字を取り戻すために要ります。
返品ありの条件は、バッティングと値引きへの一本道につながる
返品ありの会社は、構造的に、韓国・中国の巨大卸売市場からの拾い買いや、既製企画の仕入れに寄りやすくなります。尖った企画でロットを抱えるより、手堅く動きそうな既製品を薄く広く回すほうが合理に見えるからです。
すると、同じ市場の同じ店から、競合も同じ商品を引いてきます。似た商品が似た価格で隣の店に並ぶ。これがバッティングです。バッティングした商品は値引きでしか動かず、セール一回が一個の限界利益の3分の1を持っていく。2022年頃からのステンレス素材の台頭は中国生産が中心のため、この確率をさらに一段上げました。
バッティングを構造的に避ける道はオリジナル企画しかなく、それは自社でロットのリスクを負う、つまり買取で仕入れることを意味します。市場の拾い買い→バッティング→値引き→利益の消失。この一本道の入口に立っているのが、返品ありという条件設計です。
実質の取り分は、消化率を入れて初めて計算できる
ここまでを一枚の計算に落とします(数値はモデル値)。
販売価格6,000円のネックレスを、ある取引先に年間1,000個納めるとします。卸値2,400円、仕入れ1,800円、運賃・梱包を引いて一個の限界利益は500円。売上は2,400円×1,000個=240万円。立派な「大きい取引先」です。
この取引先の消化率(仕入れた数のうち値引きせずに売り切れた割合)が90%で、100個が返品されてきたとします。枠内の10%です。
売り切れた900個の利益は、500円×900個=45万円。返品された100個は変色して廃棄となり、仕入れ1,800円×100個=18万円が損失。差し引き27万円。処理の人件費は、まだ引いていません。
全量売り切れていれば50万円だった取り分が、枠内の返品率だけでほぼ半分。売上240万円の「大きい取引先」が、見えている数字の半分しか残さない。式にすればこうです。
実質の取り分 = (限界利益 × 売り切れた数) − (返品・廃棄の損失 + 処理の人件費)
買取条件なら、この式の後半の項は存在しません。同じ売上額でも、条件次第で実質はまるで違う数字になります。返品を引き受けることは、売れ残りのリスクを自分が抱えることで、その対価が見合うかは消化率を入れて初めて分かります。
評価軸を売上から利益に切り替えると、絞る先は現場から浮かび上がる
この「実質」を経営の軸に据える一番の方法は、営業の評価を売上ベースから限界利益ベースに切り替えることです。
売上で評価される営業は、合理的に、返品が多くても納品額の大きい取引先を守ります。手書き仕切書の帳尻合わせも、突き詰めれば売上の見かけを保つ動機から生まれていました。評価軸が違うから、優秀な人ほど違う方向に最適化してしまう。
限界利益ベースなら力学が反転します。返品の多い取引、値引きの常態化した取引は、貢献が低いと数字に出る。すると自然に、買取で消化の責任を持つ取引先やオリジナル比率の高い取引先が、現場の手で大切にされるようになります。
前提は、返品率・消化率・値引き率が取引先ごとにデータで残っていること。この集計は、いまはAIに任せられます。販売管理の画面から取引先ごとの数字を読み取り、実質の取り分順に並べ替える。数年前なら専任者が何日もかけた作業が、叩き台なら数分です。
整理します。取引先を絞るとは、売上を捨てることではなく、引き受けるリスクの配分を自分の側でやり直すことです。
売上の大きさは誇りでいい。ただ、その誇りを支えているのが利益か見かけかは、一度、自分の数字で計算する価値があります。大きいけれど痩せる取引を手放し、小さくても残る取引を厚くする。絞ることは後退ではなく、利益の出る形に商売を整え直すことです。
インフレとAIの時代の次の一手は、このnoteで。フォローすると更新が届きます。何かございましたら、「クリエイターへのお問い合わせ」からどうぞ。
エイブリ|アクセサリー業界戦略ウォッチャー
