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女優を彩った色の話🎨小麦色の肌と夏目雅子

女優を彩った色の話🎨小麦色の肌と夏目雅子

🎨太陽に愛され、夏よりも鮮やかに生きた人

夏目雅子さんを色で語るなら、何色を選ぶでしょう

三蔵法師の白
『鬼龍院花子の生涯』の燃えるような赤
『瀬戸内少年野球団』に広がる海と空の青
それとも、静かな夜を思わせる黒でしょうか

けれど、彼女の原点を彩った色として、どうしても忘れられないものがあります

それは、小麦色です

太陽をたっぷり浴びた肌の色
夏の海辺を駆け抜ける若者の色
麦畑が黄金色に変わる少し前の、明るく乾いた大地の色

夏目雅子さんの小麦色は、ただ健康的で美しいというだけではありませんでした

それは、守られたお嬢さまの殻を脱ぎ、自分の足で外の世界へ飛び出そうとする女性の色でした

まだ世間が、女性の美しさを白い肌や慎ましさと結びつけて考えることの多かった時代
明るい日差しの下で輝く小麦色の肌は、どこか挑戦的に見えたはずです

「私は、ここにいる」

そう言葉にしなくても、彼女の肌は語っていました

夏の太陽を怖がらず、風に髪を乱されることも気にせず、決められた美しさの外側へ歩いていく

その姿には、若さの無邪気さと同時に、これから女優として生きていく人の覚悟がありました

小麦色という色には、不思議な強さがあります

白が光を受け止める色だとすれば、小麦色は光を体の中に蓄えた色です

太陽を浴びた時間
汗をかいた午後
海から吹いてきた塩辛い風
笑いすぎて少しかすれた声

そうした夏の記憶が、肌の内側で静かに金色へ変わっていく

夏目雅子さんの美しさには、磨かれた宝石というよりも、自然の中で熱を帯びた石のような生命感がありました

完璧に整っているのに、どこか野性的
気品があるのに、近寄りがたい冷たさがない
笑えば少女のようでありながら、黙った瞬間には、大人の女性の影が差す

その相反する魅力を、小麦色の肌がひとつに結んでいたように思います

女優になる前の彼女は、夏の広告の中から現れたような存在でした

日差しの下で微笑む姿は、見る人に海や旅や解放感を思い起こさせました

けれど、彼女はその明るいイメージの中に、いつまでも収まっている人ではありませんでした

太陽の似合う美しい女性

それだけで終わることを、彼女自身が許さなかったのでしょう

夏目雅子さんは、役を重ねるごとに、小麦色の明るさの奥に隠れていた影を、少しずつスクリーンへ解き放っていきます

テレビドラマ『西遊記』で演じた三蔵法師は、その象徴的な役でした

剃髪したように見えるすっきりとした頭
白く端正な衣
迷いのないまなざし

そこに、かつての夏の娘の面影は薄いようにも見えます

しかし、よく見れば、あの三蔵法師にも小麦色の精神がありました

荒野を進む強さ
道の途中で何度さらわれても、再び立ち上がるしなやかさ
弟子たちを叱りながらも、見捨てることのできない温かさ

白い衣の内側には、太陽を知る人の体温がありました

そのため、彼女の三蔵法師は、聖人でありながら人間的でした

気高いのに少しおかしい
厳格なのに愛らしい
男性でも女性でもないような神秘性を持ちながら、ときおり若い女性の繊細さがのぞく

夏目雅子さんは、ひとつの役の中に異なる色を共存させることのできる女優でした

白の中に小麦色を
清らかさの中に情熱を
笑顔の中に孤独を

それは、彼女自身が単純な一色ではなかったからなのでしょう

やがて彼女の色は、『鬼龍院花子の生涯』で激しい赤へと変わります

しかし、その赤もまた、小麦色から生まれた赤でした

土佐の強い日差し
土ぼこり
人間の欲望
愛憎の熱

夏目雅子さんが演じた松恵には、美しいだけの女性には出せない迫力がありました

大きな権力を持つ男たちの世界で、女性が人間としての尊厳を守ろうとする
そのとき彼女の目には、炎が宿ります

有名な啖呵の場面で響く声は、上品な令嬢の声ではありません

大地に足をつけ、自分の人生を奪われまいとする女性の声です

その強さは突然生まれたものではなく、デビュー当時の小麦色の肌に、すでに芽生えていたのではないでしょうか

小麦色は、従順な色ではありません

太陽にさらされ、風に吹かれ、雨を知り、それでも実る麦の色です

踏まれても再び立ち上がる
刈り取られても、人を生かす糧になる

夏目雅子さんの演技にも、そんな大地の強さがありました

華奢な美しさを持ちながら、役の中では決して折れない
涙を見せても、ただ守られるだけの女性にはならない
悲しみを抱えながら、自分の言葉で人生を選ぼうとする

彼女の演じる女性たちは、可憐な花というより、強い日差しの下で育つ麦に似ています

『時代屋の女房』では、その小麦色は少しくすみ、古道具のような飴色へ変わります

ふらりと現れ、どこかへ消えてしまいそうな女性

美しいけれど、すべてを説明しない
明るく笑っていても、心のどこかに帰れない場所を持っている

夏目雅子さんには、「ここにいるのに、もう遠くへ行ってしまいそうだ」と思わせる瞬間がありました

それは後の運命を知っている私たちが、過去の映像に重ねてしまう感情なのかもしれません

けれど、彼女の魅力の中に、最初から儚さが含まれていたことも確かです

小麦色の肌は、本来、生命力の象徴です

ところが夏目雅子さんの場合、その明るさがあまりにも鮮やかだったために、かえって夏の短さを思わせます

夏は永遠には続きません

強い光の季節ほど、夕暮れは早く感じられます
蝉の声が大きいほど、その後に訪れる静けさが胸に残ります
ひまわりが空へ向かって咲くほど、夏の終わりは切なく見えます

彼女の笑顔には、そんな夏の美しさがありました

今この瞬間を惜しむように笑う
明日も同じ光があるとは限らないから、今日を精いっぱい輝かせる

もちろん、彼女がいつも人生の短さを意識していたわけではないでしょう

夢中で働き、恋をし、悩み、笑い、女優としてもっと先へ進もうとしていたはずです

だからこそ、残された作品を見ると、胸が締めつけられます

彼女の中には、まだ演じられていない色が、いくつも眠っていたからです

年齢を重ねた夏目雅子さんは、どのような女優になっていたのでしょう

深い紫の似合う女性になったかもしれません
静かな銀色をまとい、母親や祖母の役を演じたかもしれません
人生の苦さを知った女性として、褐色のコートに身を包み、冬の街を歩いたかもしれません

しかし私たちの記憶の中で、彼女は今も夏の光の中にいます

若く、美しく、少し挑むような目をして
小麦色の肌に太陽を受けながら、こちらへ微笑んでいます

その姿は、単なる懐かしい広告の一場面ではありません

美しさとは、誰かの決めた型に自分を合わせることではない
明るさとは、悲しみを知らないことではない
強さとは、傷つかないことではない

そう語りかけてくる、ひとりの女性の宣言です

夏目雅子さんの小麦色には、白い肌の美しさを否定する意図などありません

むしろ彼女は、女性にはいくつもの美しさがあることを、体全体で見せてくれました

白く清らかな三蔵法師
赤く燃える松恵
海風を受ける教師
都会の片隅を漂う名もなき女性

役によって色を変えながらも、その中心にはいつも温かな褐色の光がありました

それは、太陽の色であり、大地の色であり、人間の体温の色です

そしてもうひとつ、小麦色は「途中の色」でもあります

緑の麦が黄金へ変わる、その途中
少女が大人の女性へと変わる、その途中
新人女優が本物の役者へと育っていく、その途中

夏目雅子さんは、まさに変化の途中で、私たちの前から去ってしまいました

完成されなかったからこそ、その存在は永遠に若く、永遠に未来を残しています

彼女の人生を思うとき、私たちはどうしても「もしも」を考えます

もしも、もっと長く生きていたら
もしも、さらに多くの監督と出会っていたら
もしも、年齢を重ねた彼女の笑顔を見ることができたなら

けれど、ひとつだけ確かなことがあります

短い夏であっても、夏が残す光は消えません

一日中照りつけた太陽の熱は、夜になっても壁や道路に残ります
麦畑を渡った風の匂いは、季節が過ぎても記憶の中に残ります
一度心を照らした人の笑顔は、その人がいなくなったあとも、誰かの中で光り続けます

夏目雅子さんを彩った小麦色とは、若さだけの色ではありません

生きることを恐れず、役に飛び込み、人を愛し、自分の美しさを自分のものとして引き受けた女性の色です

白よりも温かく
金よりも素朴で
赤よりも静かに情熱的な色

それは、太陽と大地のあいだに生まれた、生命の色です

夏目雅子さんは、夏という字を名前に持つ女優でした

その名のとおり、彼女は夏のように明るく、激しく、そしてどこか切ない光を残しました

小麦色の肌に刻まれていたのは、流行の美しさではありません

今日を生ききろうとする人の輝きでした

だから私たちは、彼女の姿を見るたびに、遠い夏を思い出すのでしょう

眩しすぎて目を細めた日のこと
いつまでも続くと思っていた午後のこと
もう戻れないと知っているからこそ、美しく見える季節のこと

小麦色の肌と夏目雅子

それは、太陽に愛された女性の物語であり、短い夏を誰よりも鮮やかに駆け抜けた女優の、消えることのない光の色なのです


夏目雅子さん

夏目雅子さんは、18歳で芸能界に入り、テレビドラマ『西遊記』の三蔵法師役や、映画『鬼龍院花子の生涯』『時代屋の女房』『魚影の群れ』『瀬戸内少年野球団』などで、明るさと凄みを併せ持つ女優像を残しました。『鬼龍院花子の生涯』では、土佐を舞台にした激しい愛憎劇の中心人物・松恵を演じています。

夏目雅子さんの遺志と記憶は、現在も「夏目雅子ひまわり基金」の活動へ受け継がれています。同基金は1993年に活動を開始し、がん治療などで脱毛した人へのかつらの無償貸与を続けています。


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