小説「オオタニ投票に行くらしいで」というポストから風は吹き始めた
「オオタニ投票に行くらしいで」というポストから風は吹き始めた
最初にそれを見たのは、朝の通勤電車の中だった
七時二十三分
吊り革を握りながら、誰かが何気なく流したポストだった
「オオタニ投票に行くらしいで」
それだけだった
画像もリンクもない
真偽不明
関西弁なのか、ただのノリなのかもわからない
いいねはまだ三桁にも届いていなかった
だが、記録をたどると、ここが起点だった
1
昼にはまとめサイトが拾い
夕方にはテレビ局のワイドショーが「ネットで話題に」と字幕をつけ
夜には識者が「影響力のある人物の政治参加」と言い換え始めた
当人は何も言っていない
どのオオタニかも、誰も明言しない
それでも人々は、勝手に一人の顔を思い浮かべた
「行くらしいで」という、断定を避けた言い回しがよかった
信じたい人だけが信じられる
否定したい人は「らしい」で逃げられる
責任の所在が霧の中に消える、日本的な余白だった
2
総務省の若手職員は後にこう証言している
「公式な動きは何もなかったです
でも、投票所の問い合わせが増えました
本人確認はどうなるのかとか
ああいう人はどこで投票するんですかとか」
彼は言葉を選びながら、苦笑いを浮かべた
「誰も名前を言わないんですよ
でも、全員が同じ人を想定してる
それが一番、怖かったですね」
3
街頭インタビューの映像が残っている
投票、行きますか
「行きますよ
だって、あの人も行くらしいって言うやん」
誰のことですか
「いや、だから、オオタニさんやろ
みんなわかってるやん」
カメラは深追いしない
わかっていることになっている
それで十分だった
4
SNS上では、微妙な変化が起きていた
「オオタニが行くなら俺も」
「オオタニも国民やしな」
「政治の話してええ空気になった気がする」
誰も政策を語らない
誰も政党名を出さない
ただ「行く」という行為だけが、コピーされていった
専門家はこれを
「象徴の自律的増殖」と呼んだ
象徴は、本人の意思から切り離され
社会の都合で動き始める
5
選挙前日
例のポストの投稿者は、アカウントを非公開にした
理由は不明
削除もされていない
スクリーンショットだけが、拡散し続けた
「最初は冗談でした」と
彼が後に語ったかどうかは、確認できていない
確認できないことが、この物語では重要だった
6
投票日
各地の投票所で、例年より若い層の姿が目立った
投票所の出口で、ある女性が言った
「誰に入れたかは言えません
でも、行ったことは言えます
それだけで、ちょっと誇らしい」
なぜ誇らしいのか
彼女自身も、うまく説明できなかった
7
夜
開票速報が流れる中
当のオオタニ本人は、いつも通りの生活を送っていたとされる
投票に行ったかどうか
公式な発言は、最後までなかった
それでも、投票率は上がった
わずか数パーセント
だが、確実に
8
後日、ある新聞はこう書いた
「誰かが行ったらしい
その曖昧さが、人々を動かした
これは情報操作ではない
空気の自己発火だった」
風は、確かに吹いた
だが、誰が起こした風なのか
最後まで、特定されることはなかった
9
いまでも、あのポストは残っている
「オオタニ投票に行くらしいで」
それは事実ではないかもしれない
だが、結果だけは、記録として残った
人は、確かな言葉より
信じやすい曖昧さに動かされる
そして民主主義は
そうした小さな、いい加減な一言から
ときどき、更新されてしまう
誰にも頼まれていないのに
誰の責任でもないまま
風は
もう一度、吹くかもしれない
そのときも
きっと、誰かが言う
「らしいで」
それだけで、十分だからだ
