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小説 「逢いに来ました、真野先生」(全17回) エピローグ


「逢いに来ました、真野先生」(17)


エピローグ



 山の麓の無人駅。
 学生風の若者を含む男女たちが、改札から出ると停車中のバスに乗り込んだ。
 山越えして隣町に向かうバスは、よく晴れた明るい空からの光を遮断するようにドアを閉じた。浅い呼吸でも肺がいっぱいになってしまうような重苦しい車内の空気の中で、誰かが持っている花の香りが強い。
 男女たちの間で遠慮がちに会話が始まる。
「あの事故から、もう一年経つんだね」
「みんな真野先生のこと好きだったのに……先生辞めなければこんなことにならなかったよ、きっと」
 バスは渓谷に架かる橋を渡る。
「僕、このバスに乗ったことがあるような気がする」
「ねえ、誰が真野先生に花を届けに行こうって言ったんだっけ」
「卒業年のばらばらなわたしたち、どうやって集まったんだろう」
 それぞれが似かよった不可思議な思いだった。
 誰ともなくごく自然に、幾つめかのバス停で降り、無言でカーブの続く舗装された山道を登る。

 少し息が切れ始めた頃、ひとりが呟く。
「あそこに花が在る」
 持ってきた花をその横に並べ手を合わせて、それぞれの近況を報告する。
「僕は浪人中です」とか、「私たち籍入れます」とか……
 微かに珈琲の良い香りがした。
「ねえ、もう少し登ると神社があるみたい。行ってみない?」

 帰りのバスに乗ったのは、陽が傾き始めた頃。
「わたしたち元美術部員、真野先生に高校生以上のレベルの絵の基礎を叩き込まれたこと感謝しないとね」
 バスの中は、来る時ほどは息苦しくはないが、みんな無口になって暮れようとしている窓の外を見ている。
「あ!」
 誰かが小さく叫んだ。
 傾いた太陽に淡く透ける、うっかりすると見過ごしてしまいそうな、艶めく黒髪と白いワンピース姿の女性が、あの場所にひざまずいて、通り過ぎるバスの中まで香ってきそうな、開きかけた大きな白い花を並べている。
 誰ともなく呟く。
「あの人……誰だっけ」
「知ってるような……でも思い出せない」
「わたしも……夢で見たのかな」
「最近いつも傍に居たような気がする」

     *

 藤見まれは、自作の油画『月下美人』を、その香りを放つ白い花の隣に並べた。
 それから、黒水晶の義眼を取り出すとそれを地中に埋め、目のくぼみのピンク色の肉を擦った。
 錫杖しゃくじょうのような音色が聴こえる。
 「忘れないけど忘れるよ……」
 山の雨が次第に激しくなる。



  完



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