神様の前で「お客様は神様でしょう」と主張するおばさん
どうしようもなくおかしな話ですが
実話エピソードです。
連載の骨休め記事にどうぞ。
私はお正月をなど年に3回ほど都内のとある神社で
甘酒と大福を販売しています。
たまに接客をすると刺激的で、
かつ、神社という場所柄文句を言う方がほとんどいません。
神社は文句を言いに来る場所ではなく、
神様にご報告や祈願をしに来る場所なので、
清らかな気持ちでお越しになる方がほとんどです。
何か勘違いしてるおばさん
立地的に参道の横にお寺もあります。
つまりお隣さんがお寺です。
そのお寺に寄った女性が、まともに相手にされなかったようで
神社にとことこときました。
その時、私は大福屋です。
神社では立ち止まったみなさんに「こんにちは」と声をかけています。
その女性は大福には目もくれず、
急に話始めました。
長いのでかいつまんで要点をまとめると
・お寺でまともに相手にされなかった
・何様だと思っているのか
という内容。
まあ、呆れてしまう内容ですが
反論せずに聞いていました。
そして憤りながらこういうのです。
「見方によってはせっかく来ている私もお客でしょ。」
「お客だから神様でしょ。まともに相手にせず追い払うなんておかしいじゃない」
お寺でお客?
神社でお客?
一般的には参拝者と言いますよね。
「参拝客」というなら祈祷なりお札を購入するなりしますよね??
神社の販売するものを購入しても、それでも参拝者ですけどね。
そして、お金を一切払っていないのにお客??
私には迷惑な参拝者にしか見えないのですがそこは伝えませんw
参拝客は、うちのような神社の境内で大福を販売しているところで購入するお客様を一般的に参拝客と呼ぶようですが、
散々愚痴をこぼしても大福も購入していませんよねww
さて、この話の重要で伝えたい点は何かというと、、、
お客様は神様の発信者
「お客様は神様」は誰が最初言ったのか?
教えてAIさん!
ということで、以下の回答を頂きました。
「お客様は神様です」というフレーズは、昭和の国民的歌手・三波春夫さんが1961年に発した言葉が元ネタです。その後、漫才トリオのレツゴー三匹さんがギャグとして広めました。
ほほぅ、65年も前に三波春夫さんの発言だったのですね。
ところでこの言葉の真意は何でしょうか?
続けて教えてAIさん
三波春夫さんの本来の意図や、言葉が広まった経緯は以下の通りです。
1. 本来の意味:「芸の心構え」
三波春夫さんにとっての「お客様」とは観客のことであり、「神前で祈るように、雑念を払い、まっさらな心で最高の芸を披露する」という自身の舞台に対するストイックな姿勢を表現した言葉でした。決して「客は偉いから何でも許される」という意味ではありません。
つまり、神様の前でお披露目する、自身の最高をお見せすること
神前披露という最高の舞台に立つ心構え
ということですね。
言い換えると誠心誠意の自身を出すことであって、お客様が偉い訳ではないですね。
続けてAIさんの解説を見てみましょう。
2. 世間への定着:「レツゴー三匹」のギャグ
1970年代に漫才トリオの「レツゴー三匹」が、「三波春夫でございます。お客様は神様です」とモノマネ・ギャグとして連呼したことで、日本中の誰もが知る流行語となりました。
3. 現在の使われ方とのギャグ
元々は歌手としての謙虚さと覚悟を示す言葉でしたが、時が経つにつれて「お金を払う客の方が偉い」という誤った解釈に変化しました。現在では、一部で過剰な要求やクレームを正当化する言葉(カスタマーハラスメントの要因)として使われることもあります。
時の移り変わりは悲しいかな、
三波春夫さんが誠心誠意を示したのに
「お金を払う客が偉い」
となってしまったのですね。
美談がハラスメントの常套句になるなんて、とても残念な話です。
ちなみに法律で解釈するとお客様とは契約相手であって、
契約は売り手買い手が平等にそれぞれが義務を負いと権利を持ちます。
お客様が対価を払う義務を負い、商品(製品・サービス)を受け取る権利があり、販売側は商品を提供する義務を負い、対価を受け取る権利があります。
これはお互いに平等です。
如何に「お客様は神様」というフレーズがおかしな使い方になっているか
法律上もそもそもの話の上でも十分にわかるというものです。
「お客様は神様」という印籠モドキをかざして偉ぶる相手とのお付き合いは
よくよく考えて対応されると良いでしょうね。
