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映画『THE FIRST SLAM DUNK』 感想 本作は「アニメ映画」に非ず。たぶん世界初の「映画館で読む漫画」である

タイトルを読んでおめぇ何変なこと言っているんだとそこのあなたは思うかもしれない。まぁこれからその理由を書いていく訳だ。まぁちょっと読んでみてくださいよ。

ティザー映像の段階ではどこかチープさを感じずにはいられない映像や、声優のそう取り換えによる炎上を押しのけて、現在本作は絶賛の嵐である。面白さのポイントとしては、「本当のバスケの試合を見てるかのようだ」といった、実際の競技会場にいるかのような演出、臨場感に重きをおいた演出が素晴らしい、といった感想が多いように思える。私もその点概ね同意だが、1点だけ補足したいと思う。

バスケットは多分世界一映画化、とくに作劇化するのが難しいスポーツではないか。というのも、サッカーや野球とくらべてその取り扱われ方が小さいと感じないだろうか。何しろバスケは常に走り回っている競技で、ただでさえ実写ドラマにするのが難しい。それに観客側の俯瞰視点だとさほど感じないのだが、実際コートに立ってバスケをしてみると、これがなかなか意外と体をぶつけあうフィジカルなスポーツなのである。ラグビーみたいにタックルなどしたら一発退場だが、天才桜木が得意とするリバウンドや、ゴール下での攻防はそれこそファウルすれすれ、一歩間違えば怪我しかねない行為が行われたりする。そういうところが面白いのだが、実写俳優に同じような演技をやらせるのは酷、というものである。

で、実写作品では絶対にありえない位置にカメラが待機していて、ボールをもった選手を追う。こんな映像実写ではものにすることなんてほぼ不可能に違いない。井上雄彦が漫画で表現したかったのがそれなのである。それこそ架空のカメラマンは常に湘北のキャラクターたちに寄り添っていて、彼らが体をぶつけあう様子を間近で見ているかのようだ。

なので、観客というより、バスケプレイヤーが体感している世界をそのまま再現しているといったほうが正しいような気もする。

そう、何を隠そう私は小中学校でのバスケ経験者なのである。すっかり遠ざかっていた試合のムードというやつが再現されていることに驚いた。個人的に感動したのは、バッシュの音。細かいことだけど、実際試合の最中はこの音が常に鳴り響く。バスケって走ったと思えば急に止まったりする競技なので、摩擦係数の高いバッシュでブレーキをかけるとキュッと高い音が鳴る訳である。こういうところもかなり細かく、バスケの競技者じゃないと書けないと思う。

また特筆すべきなのは、当初やり玉にあがっていたCGでモデリングされたキャラクター。一見スチルで見ると安っぽく(この評価は映画をみてひっくり返ることがある)、画一的で工業品というか人形と感じを受ける。

しかし、である。よくよく見ると顔の輪郭がGペンで描いたかのような自然な強弱(太い線と細線がシームレスに繋がってる)がついていることに気が付く。アニメというより、これは漫画特有の表現である。そして、アニメではまず見ない表現でもある。そんな複雑な線で描かれた人物を手書きの連続画で動かそうものなら物凄い技術が必要だろう。当然コストも。それこそ宮崎アニメでもそんな凝った演出は使われない。

手書きの作画でアニメをつくるといういうのは、作画監督はおろかアニメーターによってそのテイストが大きく異なってくることがある。同一のキャラでもエピソードによって顔が違ったりする、というのはよくある話だ。それが行きすぎたりすると作画崩壊、というネットスラングが使われたりするが、とまれ作り手と視聴者、双方に共有されている暗黙の了解であると思う。

それが悪いというのではない。アニメーションというのは多くの人間が携わる総合芸術だ。工場で同じ規格の部品を作っているのではないから、担当する人間によって表現の揺れのようなものがあるのは仕方ない、というより大規模なアートとはそういうものなのだ。

ただ、本作を手掛けた井上 雄彦監督は、もしかしたらある種の不満を感じていたのでは……と感じずにはいられない。過去のアニメ作品など見ればわかるが、確かに面白いのだが、井上作品最大のテイストが損なわれている。最大の拘りであるはず「線」の表現が希釈されているのだ。

ところが本作では、そうした漫画の命ともいえる「線」をはじめとする表現が、全く損なわれていない。それどころか、敢えて漫画らしさを画面に残したまま、映画は破綻することもなく進行するのだから。となると本作でのCGの作成は、むろん工数の削減という目的もあるのだけろうけど、同時に井上漫画の長所を最大限に活かすための、ポジティブな戦略という面もあると考えた方が自然ではないか。

スチル段階ではのっぺりした工業製品だったキャラは、試合になると一遍することになる。先に書いたように迫力も桁違いで、漫画らしさを120パーセント生かした演出により、既存作品にない斬新さを生み出してしまった。バスケというただでさえ難しい題材をつかって、である。

よって私はこう断言したい。本作はアニメ映画というより、スラムダンクという漫画作品を、井上テイストのビジュアルを残したまま映画の方法論を借りて再構築したものだ。強いて簡単に言うなら「映画館で読む漫画」というものだ。とんでもない挑戦作というべきなのだ。

私のように原作漫画に触れて育ったような人間にとっても、このストーリーはかなり挑戦的といえる。というのも基本原作を忠実に沿ってお話が進むのだけれども、本作はなんとあの宮城リョータのパーソナルな点にフォーカスしたものになっているのだ。考えてみると、彼は湘北メンバーの中でただ一人その経歴がわからなかった男である。桜木やゴリ、ミッチーといった一見コワくて強そうな面々は、実はそれなりに人生の苦難や周囲の無理解よる挫折を経てきた訳だが、この小柄だが力強い男もまた壮絶なドラマをもっていたのだ。彼の後悔が、映画にとてつもないスパイスを齎すことになる。

あと約束だが、絶対にエンドロールで劇場を立ち去ってはいけない。割と短い方だし、我慢して座っていればいい。ただちょっと心配だから、大事なことだからもう一回書くね、エンドロールで劇場を立ち去ってはいけない。

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