動いていたのは、私の気持ちでした
母と片付けをしていると、
ふと気づくことがあります。
判断の速さが、私と母とではまったく違うということに。
実家にある物のほとんどは、
私自身の物ではありません。
だからこそ、
「これはリサイクルショップに」
「これは寄付できそう」
そんなふうに、比較的早く判断できてしまいます。
でも、母は違います。
ひとつの物を手に取るたびに、
その物と過ごしてきた時間を、
もう一度たどっているように見えます。
私が思う「早さ」と、
母が必要とする「時間」は、
はじめから違うものなのだと思います。
それでも、
心のどこかで、
早く進めたくなってしまう自分がいます。
片付けた場所を振り返ると、
右から左へ移しただけの場所。
上から下へ、
ただ位置が変わっただけの場所。
見た目には整っても、
物の量そのものは、あまり変わっていない。
そういう日が続くと、
「この調子で、いつ終わるのだろう」
そんな気持ちが、静かに顔を出します。
自分のペースで進めれば、
母はきっと、焦ってしまう。
母のペースに合わせれば、
時間は、思っている以上にかかってしまう。
どちらか一方を選べるほど、
単純なことではないのだと、
分かってはいるつもりです。
それでも、
母の気持ちを尊重したいという思いは、
ずっと変わりません。
ただ、その思いの奥に、
「早く終わらせたい」という気持ちが
そっと隠れていることにも、
気づいています。
優しくしたいのに、できない日があったように、
待ちたいのに、急いでしまいそうになる日も、
私にはあります。
片付けは、
母のペースを尊重することだと、
分かっているつもりでした。
でも本当は、
私自身が、
自分のペースを手放せずにいるのかもしれません。
だからこそ今、
母のペースというものを、
ちゃんと感じてみたくなりました。
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