通信高校という悪

私は高校二年の春に通信高校へ転校した。
世間一般的に、親の転勤等のやむおえない(自分の力の及ばない)状況以外での転校はセンシティブな話題のように感じられると思う。
私個人としては、いくらでもそのことについて話していただいてもいいし、ネタとして扱ってもらって構わないと感じるほどにどうでも良い話である。
しかし、この転校という選択肢は人生において間違いなく大きな分岐点となるであろうし、とても重要なイベントだと言えよう。
ここで愚かにも、私は転校先に通信高校を選んでしまった。
未だ成人すらしていないが、この分岐は間違いなく悪い方向へと進む道であろう。

通信高校を選んでしまった後悔

ここら辺で一つ言っておくと、通信高校は悪でもなんでもない。
あくまで私にとって悪魔のように見えるという話であることに留意されたい。

やろうやろうと言って結局やらない人間は世の中にごまんといるが、私もそのうちの一人である。
もちろん自覚しているが、私は物事を始めるのに相当な強い圧力が必要な人間だ。
では、このような人々はどのようにして生活してるのか。
それは、所属する組織と、集団による圧力だ。
登校しなければいけないから外に出るし、遅刻してはならないから朝早くに起きる。
宿題をやらなければならないからするし、テストで平均点を取るのが普通だからそれに向けて勉強する。
組織は目的を果たすために様々な圧力を用意してくれるし、集団は場の空気を読ませようとしてくる。
これこそが、私のような人間が社会で生きていける仕組みだ。
一方で、私の所属している組織の圧力はとても弱いし、少ない。
レポートとは名ばかりの感想文を書けば単位がもらえるし、たとえば現代文の授業だって読書レベル1みたいなことしかやらないのでもはや聞く必要がない。

外出について

特にひどい(私にとって)のは、外出圧力が限りなくないことだ。
([読み飛ばしてもらって構わない]最近、雷獣というチャンネルにハマっているのだが、そのチャンネルのある動画に出演していたナツミートという方が起床外出圧力と言う言葉を始終使っていたせいで、外出圧力以外の言葉が見当たらない。果たしてこれが彼の発言に影響されたものなのか、適当な言葉であるのかはわからないが、ともかく、外出圧力と言う言葉を見聞きすると常に彼の顔が頭に浮かぶようになってしまった。)
もちろんこれがないのが通信の利点であるが、これが少ないのは致命的である。
登校でも、通勤でも、一度外に出てしまえば選択肢が広がり人生が豊かになるだろう。
下校中に食べ歩きしたり、ゲームセンターに寄ったり、ともかく家ではできないようなことが数多くあることは明白だ。
昨今はインターネットの発達によって自宅でも様々なことができるが、実際に体を大きく動かして、体験して、感じるという事は、まだその多くが外出しなければ得られないものである。
詰まるところ、私は全くと言っていいほど外出しなくなってしまったということだ。

生活について

今この瞬間、私が記事を書いているこの瞬間の時間は、4時17分である。
3時くらいには寝ようかなと思っていたところを、少し思い立ってこの記事を書き始めたために、このような時間になってしまっている。
私の所属する組織には特に時間に関する圧力がないので、これから寝始めたら起きるのは15時ほどであろう。

眠い

そろそろ眠くなってきたので話をまとめる。
本当は”生活について”の章をもっと書こうと思っていたが、許していただきたい。
というのも、これを書く気力はおそらく寝たら消えるほどに儚いものであるからだ。

ダラダラと私の堕落した私生活を話してきたわけだが、クズ的な生活を送れるのは全て通信高校に通っている(実際に校舎へ登校しているわけではないから通ってるという言葉が適切かはわからないが)おかげである。
また、こんなクズ的な生活になってしまうのは通信高校に通っているせいである。
題名があんなだが、詰まるところ私が悪いのだ。
私の言いたいことは、私のような人間は通信高校に行っては行ってはならないという事。
中学生の頃に塾に通っていたのは、勉強を教えてもらうためではなく勉強をしなければいけない環境を作るためであった。
当時はそうやって考えて塾に通うことを決められたのに、今はできなくなってしまったようだ。
高校生にして進化が止まっただけでなく、退化まで始まってしまったことは私も驚きだ。

終わりに

ここまで読んでいただいて、嬉しい限りです。
目をこすりながら書いているので、推敲なんてやってませんし、いわゆる深夜テンションみたいな感じでみょうちきりんなことを言っているかもしれません。
それでは、おやすみなさい。

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